トリッシュは買い物に出ていた。もちろん、一人ではない。
いつもは大抵、ブチャラティが一緒なのだが、今日の彼女の隣にいるのはいつもの二人ではなかった。
だれよりも遥かに長身で、威圧感があって、トリッシュの一番苦手、と断言してもいいぐらいの男だ。
レオーネ・アバッキオ。元警察官らしいが、そんな風貌は一切見てとれない。
生意気なガキが嫌いらしく、トリッシュやジョルノは当然のように嫌われている。
そんな彼の隣にいれば、もちろんトリッシュも不機嫌になってしまう。
いつも通り、ブチャラティがついてきてくれれば、と何度も思った。何度も心の中で最悪、と呟いた。
しかし、いつまでも拗ねててはどうしようもないので、トリッシュは気分を入れ替えて目当ての物を探す。
化粧品と洋服である。
とは言っても女の買い物というものはどういうわけかとても長い。
目当ての物が決まっていても横道にそれていく。
トリッシュもそんな大多数の女性を同じような買い物の仕方だ。たくさん目移りもする。
そんな買い物の長いトリッシュに対して、アバッキオはなにも言わない。
普段の彼の物言いなら、買い物が長いだの、さっさとしろなどと文句のひとつも言いそうなのにと思う。
ちらりとトリッシュは横目でアバッキオを見る。いつも通りのすましたクールそうな表情だ。それが逆に不気味だった。
けれど何も言わないなら、いないものとして買い物を堪能しようと自分の好きなように見てまわる。
高価なものからチープなものまで、色んな化粧品が売っているお店におもわず目がいく。
その中でも目がいったのは高級感あふれる赤色の口紅だった。
まさしくトリッシュの好みの色だった。しかしブランドをみて思わずぎょっとする。有名な高級ブランドだ。
……とても学生の自分が手出しをできるブランドではない。がっかりして口紅を棚に戻す。
「買わないのか」
今まで口を開きもしなかったアバッキオが突然口をはさんでくる。
後ろから聞こえた男の声に、トリッシュの肩は思わずびくっと飛び跳ねた。
「わ、私には合わなかったのよ! だから戻しただけ!」
「ふうん」
嘘のような言い訳をして棚の前から立ち去る。
アバッキオはトリッシュの言葉に曖昧な返事を返し、いつものように黙りこくる。
それから一時間ほど買い物をして、ふたりは帰宅した。
トリッシュの脳裏には、買えなかった口紅への後悔の念がずっと残っていた。
ああ、もし限定品だったら、とか。そんなことを考えてしまうといてもたってもいられなかった。
しかし自分は保護されている身、そんなにたくさん買い物にいけるわけではない。
今日のようにさせてもらっている買い物だって、護衛を必ず身辺から離さないことをブチャラティによって条件とされていた。
それに自分達の潜伏するところから遠くへは行かないこと、とも。
これでも少しは自由になった方だが、買い忘れたから、と何度も外へ出ることは許されないだろう。
トリッシュはソファに座りながら、早くこの不自由な生活から解放されたいと考えながら頬杖をつく。
「はあ……」
そして深いため息が思わずもれる。
口紅ひとつ買えなかっただけでなんでこんなにも落ち込んでいるのだろうと、トリッシュは思う。
自分でもばかばかしいと思ったが、それが女の楽しみなのだからしかたがない。
「なにをため息なんかついているんだ」
「わっ! ……あなたには関係ないでしょ」
またも背後から聞こえる声。
驚いて思わず声まで出てしまう。振り向くと、アバッキオがいた。
トリッシュはことごとく虚勢を張ってしまう。特にアバッキオには。
他の人間には少しずつ馴れてきたが、彼にだけは妙に馴れなくて今でも意地をはってしまう。攻撃的な目つきをしてしまう。
しかしたかが十五歳の小娘が睨んだところで、警官として、ギャングとして経歴を積んできたアバッキオの表情はぴくりとも変わらない。
それどころか、不気味にふっと笑った。トリッシュは彼が笑うところをはじめて見たかも知れない。
「目を瞑ってろ」
「な、なんでよ」
「いいから、早くしろ」
アバッキオの言われたとおり、トリッシュはしぶしぶ目を瞑る。
目を瞑っている間に手をとられ、てのひらになにかをのせられる。
腕を掴まれたのが少し嫌だったが、それよりもてのひらにのせられた何かがとても気になった。はやく目を開けてしまいたかった。
「もう開けていい」
トリッシュは目を開けて自分のてのひらを見る。
……てのひらにのせられていたのは、先ほどトリッシュが欲しくても買えなかった心残りの口紅だった。
思わず目を丸くして口紅とアバッキオに視線を行き来させる。
「ど、どうして……?」
「別に」
「これ高い……」
「小娘が値段なんか気にすんじゃねえ」
そう言うとアバッキオは向かいのソファに座り、脚を組んで雑誌を読み始める。
唖然としたまま、トリッシュはまじまじと口紅を眺める。
ああやっぱり綺麗な色だ、と思うと思わず嬉しくなってしまい、手の中でぎゅっと握りしめる。
今後買えないだろうと思っていたものをまさかプレゼントとして貰えるだなんて思ってもいなかったので、喜びは倍だった。
「あ、アバッキオ…………えーと、その、ありがとう。嬉しいわ」
「俺も好きな色だったからな、買っただけだ」
雑誌に目を落としたまま、アバッキオはそう答える。
彼もイタリアーノなんだなあとトリッシュは少しだけ関心しながら、さっそく嬉しそうにしながら赤の口紅を引くのであった。
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