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 たまたま街路を歩いていた九月の某日のことだった。
 もうそろそろ季節的に食べるのが厳しくなってきたジェラートショップが、トリッシュの目にうつる。
 カラフルな氷菓が目を奪う。こうなってしまっては彼女はもう止まることはない。
「あっ、ジェラート! 食べたいわ」
「こんなさみいのに食うっつーのか!」
 買い物に仕方がなく付き添っていたギアッチョは、ジェラートショップに走っていく彼女を追いかける。もちろん、代金は彼のお金だろう。
「美味しいものに季節なんて関係ないわ。氷のスタンド使いのくせに寒がりなんだから」
 トリッシュは少しばかにしたようにそう言ってさっさと店の中へ入っていく。
 たしかにギアッチョは氷のスタンド、ホワイト・アルバムを使うスタンド使いではあったが、めっぽう寒さには弱かった。
 今日だって、まだ夏の終わり頃なのに長袖に長い丈のパンツを穿いている。傍から見れば秋のはじまりにはまだまだ早すぎる格好で、少し浮いている。
 ジェラートはイタリアで生まれた菓子である。トリッシュもギアッチョも幼い頃から慣れ親しんできた好物である。
 店に入るとそこには何種類ものフレーバーのジェラートが並んでいる。
「わたし、レモンとラズベリーとバニラ」
 酸っぱい味が好きなトリッシュはその三種類をえらび、コーンに盛ってもらう。彼女の表情は歳相応の少女のようで、待っている時間ですら楽しそうだ。
「あなたは食べないの?」
 ひとりで食べるのはどうやらつまらないらしく、ギアッチョにも買えと目で訴えてくる。
 それに負けた彼は苛立った表情を押しつぶし、フレーバーを選ぶ。
「あー……、いちごとチョコレートとヘーゼルナッツ」
「あら、意外とかわいいの選ぶわね」
「うるせえ!」
 かわいい、と言われても好きなものは好きなのだから仕方がない。口では怒るものの、恥ずかしかったのか照れたのか、頬がうっすら赤くなる。
 ギアッチョはジェラートを受け取ると、さっさと金を払う。もちろん、トリッシュの分もだ。
 店を出るとトリッシュは勝手に歩き始める。方向から考えると、広場のほうへ向かっているようだった。
 後ろをついて行きながら、ギアッチョはひとくち、あまいジェラートを食べる。やはり冷たい。「寒い日に食べるジェラートこそ格別」とか言う奴がいるらしいが、そうだとしたらそいつの頭が絶対おかしいに違いない。そんなことを考えながらプラスチックのスプーンを咥える。
 何分か歩くと広場にたどり着き、トリッシュはベンチに腰をおろす。
 そしてやっとジェラートを食べはじめ、幸福そうな笑みを浮かべる。
「んーっ、やっぱりあそこのジェラート美味しいわ! ああでもやっぱりあのフレーバーも……」
「今になってんなこと悩んでんのか、おめぇはよーッ」
「しかたないじゃない! 女は悩む生きものなのよ」
 今になってフレーバーのチョイスに後悔を抱いているらしいトリッシュは食べ進めながら渋い顔をしている。
 そんなトリッシュを、ベンチに座らず向かいで食べるギアッチョは、もうすでに身体が冷えてきていた。
 美味しいのだけれど寒い。スプーンを持つ手が氷のようだ。それも末端だけ冷えていて、まるで冷え性の女のようだ。
「ねえ、一口ちょうだい!」
「あ?」
「チョコレートがすごく食べたいの!」
「仕方ねえなあ~、おらよ」
 仕方ないとは言いつつも、減ることはこの寒い状況だとありがたかったので、すぐにジェラートの入ったカップをトリッシュに差し出した。それはもう好きなだけ食えと言わんばかりの勢いで。
 トリッシュは差し出されたカップからジェラートをすくい、口に運んだ。
 チョコレートもトリッシュの好みの味だったようで、美味しさにまた笑みをこぼしている。
「ギアッチョもこっちのジェラート食べる?」
 そういうとトリッシュは自分のスプーンにジェラートをすくい、ギアッチョのほうへ向ける。
 てっきり自分のスプーンですくわせるのかと思えば、まさかの展開にギアッチョはおもわず固まる。
 トリッシュのスプーンで食べればそれはトリッシュと間接的にキスしたことになる。青臭いことだとは思ったが、それがすぐに脳内に浮かびあがってしまった。一度それを想像してしまったら、その想像を取り下げることはむずかしい。照れているわけではない、と自分に言い聞かせるが、顔が赤くなっているような気がした。しかし、一方のトリッシュは何食わぬ顔をしており、むしろ早く食べろというような顔をしている。ギアッチョはこの状況に対する打開策を必死に探す。
「――お前よォー、潔癖症なんじゃあなかったのか?」
「…………ハッ! ああもう、ナランチャにあげるのと同じように考えてたわ!」
 トリッシュはまったくの無意識でやっていたようで、スプーンを持つ手を引っ込める。
「……あのガキにはそうやってんのか?」
「ガキって……そうよ、ナランチャとはよくこうやってあげたり、貰ったりしてるけれど……」
 ナランチャ。ギアッチョが知るに、ブチャラティチームの一番子供っぽい男だ。話を聞いている限り、トリッシュとはだいぶ仲がいいらしい。
 トリッシュの話がなんだか癪に障り、ギアッチョは、スプーンを持つトリッシュの右手を引っ張る。
「えっ、ちょっと!」
 トリッシュの慌てる声も聞かず、スプーンに乗っているジェラートを口の中へ。
 傍から見れば、トリッシュが食べさせているように見え、それに気づいたトリッシュの顔は一気に紅潮する。
 最初は呆気にとられて、ぽかんとギアッチョの顔を見ていたが、だんだん恥ずかしくなったのか視線をずらしていく。
「ん、うめえじゃねえか」
「……ッ、もう! 恥ずかしいことしないでよ!」
「あぁ?! お前が悪いんだろ!」
 ギアッチョは半ば逆ギレのようにそう切り返す。
 大して残っていない自分のジェラートを口の中へ一気に放り込み、カップをゴミ箱へ捨てる。
 トリッシュはスプーンをかじったまま、ギアッチョを睨んでいる。睨んでいるとはいっても上目遣いなので可愛く見えてしまう。
 さすがに少女相手にやりすぎたかとギアッチョなりになだめようとする。
「おい、怒ってんのかよ。怒ってんじゃねえよ」
「……自分だけしてもらいっぱなしなんて許さないんだから」
 自分がされたこと以上に恥ずかしいことを言っていることに気づかないのだろうか。
 トリッシュが呟いた一言は、ギアッチョを赤面させるには十分すぎる言葉だった。

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