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 純白の生地に金色のエンブロイダリーレースがよく栄える。各所に花の模様とフリルがあしらわれ、どこか少女らしさも残る愛らしいロングトレーンの美しいドレスに身を包んだ彼女の後ろ姿が目に飛び込んできた。
 きれいですね、とジョルノは言った。率直にそう思った。今まで見たどんな女性よりも綺麗に映った。
 そう声をかけられた、花嫁はきれいで、うるんだ花緑青の瞳から一筋の涙をながす。
 嬉しいけれどもどこか不安を抱えているような、ある種の畏怖を含んだ表情にも見える。
 世間にはマリッジブルーという言葉がある。結婚を間近にして、突然どうしようもない不安に襲われるアレだ。
 ただ彼女の涙の理由というものは決して漠然とした不安などではなく、理由がある。
 花嫁の顔は晴れない。純白のウェディングドレスに似合わない、曇った空のような表情に、目からこぼれ落ちる雨粒。
 ジョルノは彼女のそばに近寄り、自身の手で彼女の涙をぬぐう。
「せっかくのおめでたい日に涙は似合いませんよ、トリッシュ」
「……ジョルノ、わたし怖いのよ」
 最初は女性特有の精神的な不安だろうとジョルノは思った。それでも、ジョルノは面倒くさがらずに「どうしたんですか」と耳を傾ける。
 大きな鏡台に自分をうつしたまま、トリッシュは恐怖の種を話し始める。
「わたしって本当に結婚していいのかしら。結婚して、子どもを産んで、そんなことを考えるとすごく恐ろしい気持ちになるわ」
「結婚なんて誰かにゆるされてするものじゃあないですよ。結婚して子どもに囲まれることがトリッシュの望みなら、君にはその望みを叶える権利がある」
「……わたし、自分の血が怖いわ」
 純白のグローブをはめた右手は左の二の腕を掴み、グローブにはしわが寄る。
 血が怖い。もちろん、血液を見るのが怖いというわけではない。
 彼女には、あの「悪魔」の血が流れている。吐き気を催す邪悪と言われても否定できるはずがない父の、血筋が彼女には受け継がれている。
 精神の面ではまったく似通ってはいないものの、悪魔の血筋が自身の産む子どもに受け継がれると思うと、どうしようもないぐらいの嫌悪感に襲われた。
 身体が子孫を残すことを拒絶していた。幸せにはなってはならないと血筋に言われている気がして、気がおかしくなってしまいそうだった。
 しかし、そんな憂いはだれにも話せなかった。もちろん、結婚する相手にもだ。
 結婚するという今のいままで自分の中だけでひっそり悩んでいたが、すべてを理解してくれている友人の顔を見た途端思わず涙がこぼれてしまった。
 トリッシュにとってジョルノは自分を本当に知っている安堵できる人間のひとりである。
「この血はだれにも受け継がれるべきではないんじゃないかって思うの。わたしがあいつの娘だという事実はだれにも変えられない」
「…………」
「あの父のように、わたしが子どもを愛せなかったらどうしようって、考えてしまうの。杞憂だってことはわかっている。けれど、それがなによりもだれよりも恐ろしい」
 ありったけの感情を震えた声音で吐露していく。
「……トリッシュ」
 ジョルノはトリッシュの両方の手をとり、ぎゅっと握って、涙目と目を合わせた。
 碧色の、黄金の精神が溢れる瞳は、だれよりも揺るぎなく、だれよりも力強い。
「君は、君だけの美しい精神を持っている。その精神は子どもにも受け継がれるだろう。受け継がれるのは血筋だけじゃない。精神は血筋を乗り越える」
「ジョルノ……」
 その言葉に、トリッシュは思わずジョルノに泣きついてしまう。泣きつかれたジョルノは、まるで子どもをあやすかのように背中をさする。
 ――こんなふうに励ますのも最後なのだろう。トリッシュを抱きとめるジョルノは、そうぼんやりと思う。
 ジョルノは、もう既にある覚悟をもってこの場に訪れていた。この日を最後にもうトリッシュとは会わない、という覚悟だ。
 結婚するということは家族ができるということだ。家族ができれば、その命は自分だけのものではなくなる。ジョルノは、家族を持つトリッシュが危険に足を突っ込むようなことはもうしてほしくはなかった。家族を持つことになるトリッシュと、自分たちのような社会の影に生きる人間はもう関わるべきではない。トリッシュには幸せになってほしいと考えてのことだった。
 けれども、直接別れを告げる気はなかった。いつの間にか疎遠になって、風のように関係がどこかに去ってしまうのが一番よいと思ったのだ。だから今も、ジョルノは「いつでも親身な最愛なる友人」の姿勢を崩さない。
「笑ってください、トリッシュ」
「……うん」
「僕らは今日、あなたの幸せな顔を見にきたのだから」
 励ましの言葉を送っている最中、ごん、ごんとテンポのよいノックが部屋に響き、トリッシュが返事をするまもなく扉がひらく。
 めずらしくスーツに身を着こなし、いつもの帽子もとった珍しい姿のミスタが現れる。
「おーい、トリッシュ。そろそろだぜ!」
「あっ、ミスタ、待って、化粧が」
「んだよー、女ってのは本当に支度がおせえな!」
「うるさいわね、女は時間がかかる生き物なのよッ!」
 トリッシュは先程までとは打って変わった表情で、ミスタと接する。
 てきぱきと化粧を直していくトリッシュを見ていて、ジョルノはベールがすこし黒く滲んでいることに気がつく。涙で落ちた化粧が付着してしまったのだろう。
「トリッシュ」
 そんなベールにジョルノは小さなてんとう虫のブローチをつけ、右手をかざす。
「ゴールド・エクスペリエンス」
 プローチはあっという間に白いワスレナグサへと生まれ変わる。
 ワスレナグサは一輪にとどまらず、ベールのレースに沿うように咲き誇る。
 トリッシュは鏡に映る花々を見て、心底嬉しそうにほほ笑む。
「ありがとう、ジョルノ」
「どういたしまして、トリッシュ。……さあ、そろそろいきましょう」
 ジョルノとミスタはトリッシュの手をひき、控え室を後にする。
 そうして三人は永久なる別れの儀式へと、足を運ぶ。

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