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 トリッシュ・ウナは一般人に戻った今も、三ヶ月に一回はパッショーネを訪れる。
 そしていつも、新しいボス、ジョルノ・ジョバーナとその参謀、グイード・ミスタと古くからの友人かのように談笑をしてお茶をして、また一般人に戻るという生活をしていた。
 いつしかそれは恒例のようになっていたし、だれもがその日を楽しみにしていた。
 毎回トリッシュは第二日曜日の午後十二時頃にやってくる。食事後のお茶菓子と共に。

 だが今日。十二月の第二日曜日の午後二時になるところだが、彼女はまだ来ない。
 いつも遅れるならば連絡をくれる彼女が何も連絡を寄こさずに遅れることは考えられなかった。
 ジョルノは椅子に腰掛けて眉間にしわをたっぷりよせている。ミスタは落ち着きなく部屋中をうろちょろと。ミスタの周りに浮遊するピストルズもそわそわとしている。
 考えたくはないことが二人の脳裏にこびりつく。いや、まさかとその考えを何度も打ち消す。
 トリッシュのことだから、こちらに向かってる途中にお気に入りのブランドのショップに入って時間を忘れているにちがいない、と。遅れている理由を勝手に考える。
 ち、ち、ち、と秒針の音。かちり、と一段と大きな音がひびいて、午後二時を知らせる鐘が鳴る。
「……トリッシュ、大丈夫でしょうか」
「おい、嫌なこと考えるなよ、ジョルノ」
 ふたりの掛け合いはすぐに沈黙にもどる。
 不吉なことを考えてしまうのも当然な時間。遅いのだ。あまりにも遅すぎる。
「ぼく、探してきます」
「おい待て。俺が探してくる」
「…………頼みましたよ」
 捜索を提案したジョルノは、ミスタの声に思わず引き下がる。
 自分の立場はよくわかっている。ジョルノはパッショーネのボス。迂闊に外をうろつくことはあまりよろしくない。
 それに、トリッシュが、もし、万が一、敵に襲われていたら。そう考えたらミスタに任せるのが適当だろう。
 ミスタはコートに身をつつみ、いきおいよくドアを開けて出て行く。
 一度立ち上がったジョルノは再び椅子に腰をおとし、深い溜め息をついた。
 もう二度と、あの時のように仲間を亡くしたくはない。
 ギャングスターにのし上がることだけを目標としてきたジョルノにとって、前ボスの娘であるトリッシュは、ただギャングスターになるための道具に過ぎなかった。
 女なんて面倒なだけだ。そう思っていたし、のし上がれば切り捨てようとも考えていた。
 しかし今はちがう。明らかに昔とはちがう感情がジョルノの心を覆う。
 共に戦い、共に大切な人を亡くした。様々な苦難を共に乗り越えた彼女はいつしかジョルノにとって大切な人となっていた。
 昔はそんな概念はなかった。誰もが自分にとっては道具であり、大切な友人や仲間などはいなかった。
 それを変えたのは死んでいった仲間たち。そして、今を共に生きる仲間たちだ。
 だから、彼女の無事を祈る。彼女は大切な仲間なのだから。

 *

 ミスタはコートに袖を通しながら走る。
 以前にトリッシュがいつも通る道を念のためジョルノが聞いたおかげで、彼女がどこを通るかは大体わかる。
 その道筋にいれば一安心なのだが、そういうわけにもいかないだろうとなんとなく感じていた。
 第二日曜日の今日は十六日。十六とは四に四を掛けた数字だ。ミスタにとっては不吉の最上位に位置するぐらいの数字だ。
 よりにもよってなんで今日なんだよとミスタは呟いて走ってトリッシュを探す。
「ミスター! ミスター!」
 ナンバー5が泣きじゃくりながらミスタに呼びかける。
 ミスタは立ち止まってスタンドの方へ振り向く。ナンバー5が持っていたのは金色にひかる腕輪だった。
 それに見覚えはあった。
 ジョルノがトリッシュの誕生日に贈った腕輪だ。内側にトリッシュの名前が掘ってあり、ジョルノも粋なことをするもんだとミスタは関心したものだ。
 もちろん、ミスタ本人はジョルノがプレゼントを贈っているところを見てトリッシュの誕生日を思い出すくらいには忘れていたのだが。
 ナンバー5はミスタに腕輪を手渡すと、「アッチダヨ、ミスタ!」と落ちていた方向を指差す。
 腕輪なんてサイズが合ってる限り、滅多にはずれるもんじゃない。それにまじまじと見て気がついた。
 わずかだが血がついていたのだ。思わず愕然とする。話は悪い方へとますます広がっているではないかと。
 不穏しか感じない、落ちていた腕輪をポケットに入れ、ミスタはピストルズの誘導する方向へ走り出す。
 その現場にはわずか微量の血。間違いなく血。問題の痕跡がぽたぽたと。
「ミスタ、アッチガアヤシソウダゾ!」
 ナンバー1が指差した方向はいかにもな路地裏だ。
 麻薬中毒者や浮浪者がのさばっているような日陰には当然のようにならず者が溜まっている。
 情報が得られればと思いミスタはひとりの男の肩を叩く。
「おい、ここら辺で髪の逆立ったピンクの女を見なかったか」
「あぁ? 知ってたとして、なんでお前に話さなきゃならねえんだ!」
 おおよそそんな答えが返ってくるとは思っていた。
 素直に話さないなら仕方ないとミスタは男の服の襟を掴みそのまま倒す。
 そして銃口をこめかみに当てて、まるでチンピラのようだと自分でも思いながらそのまま脅す。
「正直に答えろ! 俺は気が長くねえんだ!」
「あ、ああ、あっちだよ! あっちにある三階建てのビルに連れてかれたよ!!」
「連れてかれただあ!? 誰に!!」
「し、知るかよ! 二人組みの男だよ!」
 居場所を突き止めたミスタは男のこめかみから銃口を放すと、指差された方向へと向かう。
 確かに、古びた三階建てのビルがある。屋上もある。
 ふと空を見上げると、ああなんてことだ。屋上には女の背中。特徴的なスカートを穿いたあの後ろ姿は、間違いなくトリッシュだと確信した。
 少しずつ後ろに下がっているのを見るところ、完全に追い詰められている、と思ったら、
 トリッシュはそのまま下に落下し出したのだ。
 ミスタは血相を変えてトリッシュが落下する方向へ走り出す。
 落ちる、イコール強打。イコール死。嫌な公式の出来上がりだ。
「トリッシュウウウウウウウ」
「スパイスガー……え、ミスタ……?!」
 ミスタはあまりにも慌てすぎて忘れていたのだ。
 彼女がスタンドを持っていて、それがどういう能力だったかを。
 ぐにゃりと柔らかくなった地面はトランポリンの様に屋上から落下したトリッシュをぼよよんと跳ね返す。
 ミスタは柔らかくなった地面に驚いてすっ転ぶ。もちろん、トリッシュは自身のスタンド能力のお陰でことなきを得ている。
「あんた……最高にバカね」
「…………お前がスタンド使いだってこと忘れてたわ」
 トリッシュのスタンド、スパイスガールはあらゆるものを柔らかくする。
 もちろん、地面も人も例外ではない。
 とにかくトリッシュと出会えてほっとしたミスタはダイナミックに転んだ状態から立ち上がる。
 トリッシュはせっかく新調したコートが汚れただの、タイツが破けただのと文句を言っている。案外大丈夫だったようだが、掌には血がべったりと。
「相手は」
「なんでもない、ただの人間よ」
「よしわかった」
「わかったってあんた、どうする気よ」
「決まってんだろ」
 ミスタは拳銃の安全装置をはずしてビルの中へとはいる。
 しばらくしてから二発だけ発砲された音がひびいた。
 こちらの事情を知った敵は逃がさない。パッショーネはそういう方針だ。
 そしてすぐにミスタは何事もなかったかのようにビルから出てきて、落ち着いた顔でトリッシュの手をとり、立ち上がらせる。
 彼女の言うとおり、服からなにまでぼろぼろの状態だった。いくらスタンド使いとはいってもまだ年端もいかない少女だ。無理もない。
「よし、行こうぜ。ボスが腹空かして待ってる」
「ご、ご飯食べてなかったの?」
「たりめーよ。もう少し待ちましょう、ってボスが言ったら食えねーだろ」
「ごめんなさい……」
「謝ることじゃねーだろ。っと、そうだ」
 ミスタは自分のネクタイをとり、トリッシュの出血部分に巻きつける。簡単な応急措置だ。
 ぎゅっ、と力強く縛り付けると、トリッシュの顔には苦痛が浮かんでいる。
「いっ、たい! それにミスタのネクタイなんて絶対臭いに決まってるわ!」
「仕方ねーだろ! 血、だらだら流して帰りてーのか」
「それもそうだけれど……」
「おら、行くぞ」
 トリッシュはミスタに手をひかれ、ふたりは路地裏のビルを後にする。
 もうこの時すでに午後三時。食事の時間を通り越してお茶の時間になっていた。

 *

「ジョルノ!」
「トリッシュ……!」
 ドアを開けるなり、ミスタの手を離れてジョルノの元へ。
 不安と苛立ちを混ぜ込んだようなジョルノの顔は一気に安堵の表情へと変わる。
 そして挨拶のハグを交わす。ミスタはやれやれとコートを脱いで放り投げる。
「心配しましたよ。無事でよかったです」
「ごめんなさい……いろいろ迷惑かけて。お腹空いたでしょう、ご飯にしましょ!」
「おーい。その前に掌治してもらよ、トリッシュ」
「掌?」
 ミスタに巻きつけられたネクタイを取ると、ぱっくりと切り裂かれた掌が露わになる。
 血でほとんど見えなくなっているが、皮膚がめくれ上がって痛そうだ。
「大丈夫ですか? 痛かったでしょう」
「手をもがれたことがあるのよ。これぐらい平気よ」
「まったく、そんなやせ我慢を……。ゴールド・エクスペリエンス!」
 無機物を生命に変えるジョルノのスタンド能力は治療にも役立つ。
 新しく皮膚を生成し、血を拭き取れば治療はもう終わりだ。
 トリッシュはグラッツェ、とジョルノにお礼を言って、自分の左手をまじまじと見る。
「……ない!」
「どうかしましたか?」
「あなたに貰った腕輪がないのよ! ああ、どこに落としたのかしら……」
 トリッシュは落し物に気づいて、慌て始める。
 服のポケットを漁るが、もちろん出てこない。
 慌てるトリッシュに、ピストルズが駆け寄ってきた。
「トリッシュー! ウデワナラ、ミスタガモッテルゾ!」
「ミスター! トリッシュニカエセー!」
 ソウダ、ソウダと本体を攻め立てるスタンドたち。
 一気に視線を浴びたミスタはポケットから腕輪を取り出し、手渡す。
 トリッシュはミスタが腕輪を隠していたことに少し怒った様子で、しかしほっとした表情で腕輪をつけなおす。
「もう、持ってたなら返してよ!」
「そうですよ、ミスタ。ぼくがあげたものなんですから」
「わーるかったって! さっ、飯にしようぜ。温めなおさねえとなあー」
 ミスタは笑いながらテーブルへと向かう。
 三人分用意された冷えたピッツァとパスタを温めなおして、午後三時半。
 三ヶ月に一度の食事が始まる。

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