id="container">

「なあ~トリッシュ。もうつかれたぜーッ」
「うるさいわねえ、あともうちょっとで終わるんだから!」
 有名ブランドの紙袋を数多持たされたミスタは、だらだらと疲労をあらわにした表情でトリッシュの後ろを歩く。
 ミスタの久しぶりの休暇は、荷物持ちで潰れている。トリッシュといることは嫌な気持ちではなかったが、それが荷物持ちでは良い気分にならない。
 適当なカフェで休みたい気分だったが、目の前の彼女がそんなことを許すはずもなく。次よ次よと手荷物が増えていき、このざまだ。
 ちょっと歩いて、またもやショーケースに好みの品を見つけたらしく、きらきらとかがやく笑顔で店に入っていく。
「おーい、おれは外で待ってるからな!」
 もう我慢ができず、ミスタはショーケースの前に座り込み、トリッシュにそう呼びかける。
「もう、あとすこしなんだから、一件ぐらいついてきてくれてもいいじゃない」
「こんなに荷物が沢山だと店ン中は歩きにくいんだよ」
「もう……わかったわよ! すぐ終わるからそこにいて!」
 すぐ終わる。今日のミスタはこれを何回聞いたことだろうか。
 女のすぐはすぐではない。買い物に付き合ったことのある男性諸君なら理解してくれるだろう。
 街なか、人の歩く姿をみていると、自分と似たような状況になっている男のなんと多いことか。傍からみれば自分もあんな感じなんだろうかと思うと溜め息がもれる。
 ふと、暇つぶしにどんなものを買ったのか見てやろうと思い、がさがさと紙袋の中をあさる。
 小さな黒の紙袋から、ひとつだけ個別に包装されたものが見えた。妙にきれいなラッピングが施されている。青いリボンに白い包装紙、まるでプレゼントのようだった。
 だれにあげるのだろうか。紙袋のロゴをみると、紳士物をおおく取り扱うブランドだった。自分たちが知らない間にできた恋人なんかにあげるのかもしれない。そう考えると、ひどく気持ちがすさんだ。
 ほかの男にあげるプレゼントを持たされる自分。なんて滑稽だろうとミスタは勝手に思った。
「あー、なんかすっげえ腹立つ」
「悪かったわね、待たせて」
 ぽろっとこぼした愚痴のタイミングは、とてつもなく悪かった。
 しゃがみ込むミスタを見下ろすトリッシュは機嫌が悪そうにミスタの独り言にそう返す。
 まずい、と慌てて立ち上がり、弁論しようとしたが、トリッシュはツンとした顔でさっさと歩いて行ってしまう。
 そんな彼女を追いかけるが、自分のハンドバッグしか持っていない彼女の足どりは軽く、大荷物のミスタなど尻目にすたすた歩いて行ってしまう。
「おーい待てって、トリッシュ」
「…………」
「おい!」
 急ぎ歩きのトリッシュの手首をつかみ、歩みを止めさせる。
「さっきのはお前に対してじゃねえって」
「じゃあなにに対して? 言ってみなさいよ」
「い、いや~それはさあ……」
 言えるはずがない。勝手に苛立って出た言葉であるなどと。
 訝しげな顔のトリッシュから目を逸らし、ミスタは必死で苦し紛れの言い訳を考える。
 しかし上手な言い訳を言ったところでトリッシュの機嫌がなおるわけではない。
 目の前のむずかしい小娘にだんだんと苛立ってきたミスタはもうどうにでもなれと言わんばかりに荷物を地面に勢いよくおろす。
「ちょっ……ちょっと、なにするのよ!」
「お前なあ、他の男にあげるもんなんか買うときに男連れて買い物すんじゃねえよ!」
「はあ? あっ……も、もしかしてあんた中身見たわけ?!」
 ミスタの言葉に、トリッシュは一瞬呆れたような顔をしてから、慌てた表情にすぐ変わる。
 そしてミスタが地面に落とした黒の紙袋を拾いあげ、中から青いリボンのついた包みを取り出す。
「……これでしょ、あんたが見たの」
「ああそうだよ! 見た!」
「もう……本ッ当にバカなんだから……!」
 そう吐き捨ててから、青のリボンをしゅるしゅると解く。
 買った本人がプレゼントのひもを解くという光景はとても奇妙だったが、ミスタはすこしふてくされた顔のまま黙ってそれを見ている。
 白い包み紙を雑にびりびりとやぶると、横に長い長方形の黒い箱が出てくる。
 トリッシュはそれをミスタの目の前に突き出す。
「……開けなさいよ」
「なんでおれが」
「いいから!」
 箱をかぽっとあけると、ダイヤモンドのような形をした香水が出てきた。青い液体がきらきら光ってとても綺麗な色をしている。
 あっけにとられるミスタは、香水とトリッシュを交互に見る。
「あんたにあげるために買ったのよ、それ」
「……えっ、マジで?」
「マジよ。大マジだわ!」
 照れた顔をさますようにトリッシュは手のひらを頬にあてる。
「なん、なんでおれに?」
 いまだに信じられない、といった顔をしたミスタは驚嘆した顔をトリッシュに向ける。先ほどのふてくされた表情はもうどこかに言ってしまったようだ。
「……だって、いつも買い物とか付き合ってもらってるし……」
「んだよー! 余計な心配しちまったじゃねーかッ!」
 ミスタは「なんてこった」と頭を抱える。よくよく考えるととても恥ずかしいことだ。これはぞくにいう嫉妬というものである。ミスタは前なら付き合った女がいい女であれば浮気をしようが、不倫だろうがまったく気にすることなどなかった。
 しかし、トリッシュに関してはまったく別の感情を抱いた。他に男がいるかもしれないという可能性だけですごくやきもきした。今までの自分ではありえないと、冷静になった今、ミスタは思っていた。そしてもっと早く冷静になるべきだったとさらに頭を抱える。
「あんたが勝手に勘違いしたんでしょ!」
 そう叱りつけるものの、トリッシュは地面に落とされた紙袋を集めて肩に背負う。彼女がこうやって荷物を持つのはとてもめずらしい。彼女なりに荷物を持たせてばっかりなことを反省しているだろうか。
「もう……怒鳴ってお腹すいてきたわ。ご飯にしましょ?」
「おい、トリッシュ」
「なに?」
 後ろから名前を呼ばれて振り向くと、ふんわりとあまい匂いが風に流れてかおる。
「グラッツェ!」
「……プレーゴ!」
 この心地よい匂いがやっぱりぴったりだ、とトリッシュは心のうちで微笑んだ。

PAGE TOP