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 春の陽気な太陽が部屋にさしこむ。なんてことはない平凡な土曜日の午後〇時である。
 あの事実上、聖人の遺体をめぐるサバイバルであった、スティール・ボール・ランから一年が経とうとしている。
 遺体が手に入れられなかったのにもかかわらず生かされている自分に歯がゆさを感じながら、毎日を過ごす女性がいた。
 彼女はいつもどおり昼食をつくるために台所に立つ。
 しかし今日は一人分ではない。めずらしく休みをとれたらしい同棲相手の分も仕方がなくこしらえる。
 彼女がほぼ毎日のように食べているローストビーフサンドウィッチだが、レースのときのように食材に困ることはないので具だくさんでバランスと見栄えを考えてそれなりにつくる。
 キャベツと玉ねぎとクリームチーズ、メインのやわらかそうなほんのり赤みのある牛肉をはさめばそれで終わりだ。
 同棲相手は野菜をあまり食べないが、野菜を食べなくていいと言うほど彼女は甘くない。仮にも彼はジョッキーなのだ。栄養管理は気をつけてもらわねば困る。
 ひとりだとこのサンドウィッチだけで充分なのだが、男に食わせるにはなんとなく物足りなさを感じ、スープを仕込むことにした。
 かんたんなミネストローネである。ほとんどの具材を一センチ程度に切り、にんにくを炒めたところに野菜と、メインのホールトマトを一缶まるごと投入する。
 ホールトマトを木製のへらで潰していると、途端に肩が重くなる。
 においに気づいたのか、はたまた腹が減ったのか、同棲相手の男が彼女をうしろから抱くようによりかかる。
「重たいぞ、ディエゴ」
「ああ、ケンタッキー州の下院議員に食事に連れてかれてな、太ったかもしれん」
「そうか」
「あそこの州の料理は脂っこい。やはりお前のつくる飯が一番だ、ホット・パンツ」
「褒めても肉は増えないぞ」
 ホット・パンツはそうディエゴの言葉をかわすと、ミネストローネの鍋に水とローリエ、ブイヨンを加える。
 構ってもらえないことが面白くないディエゴはホット・パンツの肩にさらに自分の体重を乗せる。
 肩がずしりと重くなり、後ろでなにやら鼻歌をうたうディエゴに苛立ったホット・パンツは左肘でディエゴの腹にボディブローを食らわせる。
 肘打ちがちょうどよくみぞうちに当たり、ディエゴはやれやれといった表情で腹をさする。
 女性と言ってもホット・パンツはあの過酷なスティール・ボール・ランを生き抜いた女性で、筋力も強いし、体格も普通の女性よりも大きい。
 一般女性ならばかわいい抵抗程度で済むのだが、彼女の肘打ちは暴力に近いのである。
 それでも抱きつくことをやめないディエゴは、背後からホット・パンツの腰に腕をまわし、頭部を彼女の耳元に密着させる。
「いい加減うざったいんだが」
「久しぶりの休日なんだ。いいだろう、これぐらい」
 ディエゴはレースに練習に、それから政治家との付き合いにと大忙しだ。同棲といっても、家にいることは滅多にない。
 そんな彼が女の肌を恋しいと思っているかといえばそういうわけでもない。彼は利益があれば女とでも簡単に寝る。そういう男だ。
 だが、長く続いている女はホット・パンツただひとり。彼女と一緒にいると、不思議とディエゴは落ち着いた。
 彼が女をそういうふうに見るのは初めてだった。
 家を用意し、無理やり住まわせた。ホット・パンツも最初のうちはもちろん拒否したが、結局ディエゴの強引さに押されて、彼の用意した家に住んでいる。案外、彼女は押しに弱い。
「お前の身体は冷たいな、冷え性か?」
「うるさい。お前が子供体温なだけだ」
「WRYYY……」
 鳥類は体温が高く、その鳥類と近縁種である恐竜もまた体温が高いと予測されている。原因がそこにあるのかはわからないが、スタンド「スケアリー・モンスター」を宿してから自分の体温が高くなっていたのは自覚していた。まるで子供のような体温だと、ホット・パンツに何度も言われている。
 もう一端の男であるにもかかわらず、自分を弟のように扱うホット・パンツの言葉にディエゴは低くうなる。
「オレはお前の弟じゃあないんだ。子供扱いするな」
「……そうね」
 ミネストローネをかき混ぜる手がとまる。ワントーン低い声音で、ホット・パンツは呟くように返事をする。
 弟という言葉が彼女の過去を思い出させてしまったらしい。彼女はいまだ過去に囚われている。
 あの方の遺体を手に入れることで自分の罪を神に赦してもらおうとしていた彼女は、まだ自分の罪を赦してもらえていないと思っている。
 自分が犯した罪は永遠に彼女の脳裏に焼きついて離れることはない。それにもう、彼女にとって神に許される術は存在しない。
「贖いはもう終わっただろう」
 ディエゴはそう耳元でささやく。
「……わたしはまだ赦されていない。わたしの贖罪はまだ……終わっていない」
 震える声でそういうホット・パンツ。どこか怯えたような声色をしていた。
 どこをみているかわからない瞳も、どこかうるんでおり、今にも泣いてしまいそうな顔をしている。
 それほどに彼女は罪の意識が強く、ディエゴも彼女のこの罪業感にはいつも困らせられていた。
 ディエゴはふぅ、と溜め息をついて、ホット・パンツの手に自分の手を這わせる。
「よく聞け、ホット・パンツ。お前の罪はオレが赦す」
「……なにを言っているんだ……ディオ」
「オレが赦すと言ったんだ。『Dio(神)』を通称とするこのオレが赦したんだ。よかったな」
「……あいかわらず、あなたは意味がわからないな」
 ディエゴのらしくない、精一杯の励ましのような言葉に、ホット・パンツは若干苦笑いをする。
 下手な鼓舞にすこし気を持ち直したホット・パンツはディエゴの腕を振りほどき、鍋にかかる火を止める。
 そして底のふかい器をとり、よく煮込まれたミネストローネをお玉で掬いあげる。
「すこしは喜べよ、ホット・パンツ。このオレにこんなことを言わせる女はお前しかいないぞ」
 やや拗ねたようなディエゴは特別をアピールする。
「これでもすこし嬉しがったつもりだわ」
 けれども彼女はそれをかわすようにわらう。冗談に聞こえるのだろう。彼が数多の女を抱いていることは知っているから、自分が特別と言われても実感など彼女には沸かない。
 ミネストローネは器に盛りつけられ、パルメザンチーズを振りかけられる。料理は出来上がった。
「さ、ご飯にしよう、ディオ」
「ああ、腹が減った。さっさとしてくれ」
 ディエゴはぱっとホット・パンツから離れると、ダイニングの方へ向かう。その手にはすでに、ローストビーフサンドウィッチが掴まれていた。

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