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 すこし冷えるカンザスシティの夜。ジョニィ・ジョースターは木々を集めて作った焚き火を囲って見張りをしていた。
 ジョニィと共に行動するジャイロ・ツェペリの間では、夜の見張りは一日ごとに交代する決まりとなっている。ジョニィは眠気に襲われながらも、目をこすってジャイロが淹れてくれたイタリアンコーヒーを口にふくむ。この長い旅路で、それはジョニィにとって癒しの飲み物となっており、夜の見張りがつらくとも、それがあるから頑張れる気がした。
 肌寒い夜風が吹き、焚き火が風に流されて揺れる。ジョニィは葉花が擦れてざあざあ、と音がするなか、ぺきっ、と小枝が踏まれた音がしたのを見逃さなかった。しかし、すぐにその音の方向に向き直ることはせず、コーヒーをゆっくり地面へ置き、相手の出方を伺う。
「……敵意がないのならば、たち去ってくれ。夜に戦うのは誰しもが面倒だろう」
「ただここを通りたいだけだ。お前たちに危害はくわえない。ジョニィ・ジョースター」
 声だけで特定された。その事実に驚いたジョニィは思わず爪(タスク)を構える。
 葉が掻き分けられる音がして、背後に人の気配があるのが理解できた。
 冷や汗をかいたまま後ろをゆっくりと振り向く。何日か前に会った、人物がそこにはいた。
「私はあなたに危害を加えるつもりはない」
「……ホット・パンツ」
 その人の姿に、しゅるしゅると回る爪を解除し、コーヒーを口にする。
 焦った素振りをみせないように、ジョニィは必死だった。
「なぜ君はここを歩いているんだ」
「理由はない。眠れなかったから散策していただけだ」
「……眠れないならぼくの話し相手になってくれないか。見張りをしていて暇なんだ」
「別に……構わないが」
 ホット・パンツに敵意がない、ということに安堵したジョニィはマグカップにコーヒーを注いで差し出す。
 ジョニィとすこし距離をとって座ったホット・パンツはコーヒを受け取り、眉間にしわを寄せてにおいをかぐ。
「これ、あなたが淹れたの?」
「いいや、ジャイロが淹れてくれたのさ。美味しいよ」
「……どうりで。懐かしい香りがする」
「懐かしい? 君、国籍はアメリカになっているけれど、本当の出身は?」
「アメリカだ。ただ、母親がこの地方出身なだけで、家でもよくこのコーヒーが出されていたんだ」
 ホット・パンツはコーヒーを口にしてそう答える。しかし、その回答が真実だということはだれにも証明できない。
 恐らく嘘だろう、とジョニィはそう思ったし、本当なのかもしれない、とも思った。
 それぐらい、彼女の素性は不透明で不可思議だった。
 ジョニィがかろうじて知っているのは、スタンドの一部の能力と、ホット・パンツが女性であるということ。
 性別については、ちょっとした事故で知ってしまったようなものなので、ホット・パンツ本人には性別を知っているということは明らかにはできないのだが。
 ホット・パンツがコーヒーを飲み干そうと頭を上にあげると、細い首筋が露わになった。
 やはり首筋や喉仏などはごまかすことができないらしい。その白い素肌は、間違いなく女性のものだった。
 彼女が気づかないのをいいことに、首筋をしばらく眺めていると、髪にすこし隠れて赤く腫れた痕が見えた。
 虫にさされてそうなったものとは明らかに異なるそれは、だれかに噛まれたような、そんな痕だった。
「おいしいかい?」
「ああ。あいつがこんな美味しいコーヒーを淹れていると思うとなんだか腹立たしいがな」
「ところでホット・パンツ。首のそれはだれかに噛まれたのかい? それとも動物に襲われた?」
「!」
 必死に痕のある部分を抑えたホット・パンツの顔は一気に赤くなっていった。
 指摘を受けてジョニィからそらした目線は落ち着かず、色んなところに目線を移している。その行動だけで、彼女がどれだけ気を動転させたかが伺えた。
 彼女でもこんなふうに慌てる時があるのか。
 そう考えると、彼女が急に可愛らしい普通の女性に思えてきてしまい、ジョニィは思わず笑ってしまう。自分でも悪趣味な質問をした、そう思いながら。
「さて、どっちだい?」
 すっかり顔を伏せてしまった彼女に、ジョニィは意地悪く質問を重ねる。
「…………どっちでも、お前には関係ないだろう」
「その反応だと、後ろめたいことがありそうだけど」
「…………」
「まあ、これ以上は言及しないよ」
 ジョニィは笑ってコーヒーを飲むが、視線は彼女の首元から離すことができなかった。
 実を言えばジョニィは、虫さされのような、白い女性の皮膚に赤くぽつりとできた痕に、言いようのない興奮をするタチなのだ。
 目に入ってしかたがない、赤く腫れた痕が。だれにつけられたとか、だれに噛まれたとか、そんなことはどうでもいい。
「ただ、もうちょっと隠したほうがいいんじゃないかなあ。それに興奮する男も少なくないだろうし」
「……わかった。気をつけよう」
 平静を取り戻したらしいホット・パンツは落ち着いた様子でコーヒーを飲み干す。
「洗ってくる」
「ああ、いいよ。ぼくが明日洗うから」
「そうか、すまないな。……わたしはもう自分の寝床に帰るぞ。ゲッツアップが心配だからな」
「そうだね。おやすみ、ホット・パンツ」
「おやすみ、ジョニィ」
 最後に見せた女性らしい物言いに、思わず心が跳ねる。
 ホット・パンツが去ってからしばらくして、深いため息を吐く。まさかこんなレースで、こんなにも心が揺れるようなことがあるとは思わなかったのだ。
「これはジャイロには言えないぞ……」
 すべてはあの首筋と言葉がわるい。ジョニィはそう決めつけて、眠れない深夜の見張りを続けるのであった。

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