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 蝋燭の薄ぼんやりとした灯りだけが頼りの部屋。明石国行は保護対象にある蛍丸と愛染国俊と布団を並べながら、自分は目をしっかりと開けて眼鏡もかけたまま二振りの寝顔を眺める。今日の蛍丸と愛染は非番で出陣していないから、まだ体力が有り余っているとかなんとかで一向に寝付こうとしなかったが、布団に潜ってから三十分ほどしてようやく寝てくれた。できることなら働きたくない明石からすると、眠れないほど元気なんてとても自分に置き換えて想像できない。
 寝相のせいでずり下がった蛍丸と愛染の布団を直して、明石は最初からなにかを決め込んでいたかのように部屋を後にする。二振りを起こさないように、なるだけ静かに足音立てずに障子戸は締め切られた。廊下の板がわずかに軋む音が遠のいていったのを確認していたかのように、蛍丸と愛染は目を覚ました。
 別に寝たふりをしていたわけではない。だが眠りが深かったわけでもない。だから気がついた。二振りは顔を見合わせるように横向きに寝転ぶと、ひそひそと話し始める。
「……どう思う?」
「主のとこでしょ」
「だよなあ」
 明石は二振りの保護者ではあるが、同じく二振りも明石を長いこと見てきた。だからこそ分かる。立ち振舞いの違和感というほどでもない誤差。明石国行という刀はぬらりくらりとした性格ゆえに自身の感情を包み隠すことに長けている。他人ではまったく気づかないといっても過言ではないくらいの、微細な所作や佇まいの誤差に蛍丸や愛染は気づく。
 二振りの目から見て、今日の、正確に言えば昼下がりからの明石はわずかに違ったのだ。何が違うのかと言われると説明しづらいのだが、とにかく自身の主たる審神者が気になって仕方がないというような具合だったのだ。それは、わざわざ二振りを寝かしつけてから部屋を出ていったのと関係する。
 明石と審神者が好い仲で、閨も共にするほどの関係であることは二振りとも分かっている。子どもの外見をとっているから侮られやすいが、中身はもう何百年と生きた付喪神なのだ。別に隠さずともふたりが深い仲なのは分かっている。だからこんな子どもを寝かしつけてこっそり通うなんて真似をせずともどうどうとやってくれればいいのに、なんて二振りは思うのだが、明石は仲を明け透けにすることは好まない。
「俺たちのことは気しないでいいのにね」
「な」
 律儀に自分たちを寝かしつけてから恋人の元に出向く保護者の保護者っぷりをこそこそ話しながら、二振りは眠りにつく。きっと朝目覚めたら、いつも通りの顔をして熟睡する保護者の姿があるんだろうと思いながら。

 物音を立てず静かな足取りで、明石国行は審神者の部屋の前まで来た。刀たちが寝静まる部屋と主の部屋はずいぶんと離れている。もう少し近かったら良いのになどと内心ぼやきながら、障子戸の前で一声かける。元気そうに返事をしてくれた審神者の声にまだ寝てもいないし眠くもなさそうだと安心して、障子戸を静かに引いた。
 部屋に入ると、審神者はちょうど風呂から上がって髪を乾かしていたところらしく、まだ湿った髪のまま湯上がりですこし紅潮した頬で明石を見てほほ笑む。
「どうしたの?」
「まあまあ」
 明石は審神者の手からドライヤーを半ば奪うような形で手に取ると、審神者の背後に座ってドライヤーのスイッチをオンにする。風量の強さを最大にして、審神者の髪を乾かしていくその姿は昼間の怠けてばかりのぼんやりとした顔と変わりない。しかし手つきは慣れたようにテキパキと、また丁寧にブローしていく。
 明石の細長い指に髪をすくわれるたび、地肌を撫でられるたび、審神者は心地よくてうっとりする。明石はこうして気まぐれに世話を焼いてくれるのが、審神者は好きだった。本当に気まぐれ、なんとなく、だからいつもではない。その物珍しさがまたいい。安心して背中を預け、審神者は正面の鏡に映る明石をじっと凝視している。真剣なのか適当なのかもよく分からぬ、揺れることのない女郎花色の瞳。
 ブラシや櫛まで使って丁寧に整えられて、ドライヤーはオフにされる。騒がしかった風の音は止み、審神者は満足げに一息ついた。
「ありがとう」
「……主はん」
「わっ、おお。どうしたの?」
 一言礼して振り向こうとした途端、審神者の背に明石が突然覆いかぶさってきた。心臓の音も聞こえるほどに密着した、審神者と同じぐらい細身だが筋肉の差か審神者よりも幾分重たいからだ。長い腕にがっちりと抱きしめられ、まったく身動きの取れない審神者は肩をすぼめて、自分をがんじがらめにする明石の手の甲に己の手のひらを重ねる。先ほどまでドライヤーの熱を浴びていた熱い手の甲がぴくりと反応した。
 すぼめられた肩に自分の頭を乗せて、明石は耳元で深く息をつく。恋仲の男の声ほど耳を犯すものはない。脈絡もなく降り掛かった熱い吐息に、審神者の背中はびくりと跳ねる。こうなると途端にからだ全体が敏感になって、審神者は自分の臀部の辺りにあてがわれている燻ぶる雄の熱を感じてしまう。衣服の上からでも分かるくらいに膨れ上がったそれから距離を取るように、審神者は姿勢を正して縮こまるが、ずりずりとからだを引き寄せられて元の位置に戻ってしまう。
 夜に男が女の部屋を訪れるなんて、相場は決まっている。付喪神だって例外ではない。ただ世話を焼きに来たわけではないことを、審神者もうすうす分かってはいたが、実際に欲を自身の前に露見されるとやはり恥ずかしい。
 明石は審神者に抱きついて離れないまま、耳元で話を始める。
「今日ずっと我慢しててん」
「え、そうだったの?」
「気づいてぇな」
「無理言わないでよ」
 何を我慢していたかってひとつしかない。このからだに孕んだ情欲を我慢していたのだろう。しかし昼間はそんな素振りなど一切なく、ただひたすらに普通の明石国行だったものだから、審神者は思わず驚いてすこし間抜けな声をもらした。
 昼間の明石を思い出しても、働きたくないと言いながら出陣させて、帰陣した後は審神者の仕事を傍らで見守るという名のサボタージュを決め込んでいた。何らいつもと変わらないいたって日常的な一日。ずっと我慢していたと言われるほど明確な主張はなかった。されても審神者も困ってしまう。もし昼間から今みたいに抱きしめられたら、審神者はその手をすぐさま引っ叩いて拒絶を浮かべた顔で眉をつり上げるだろう。明石は今までそんなことをしたことがないので、あくまで審神者の想像上でしかない。
 平凡な会話をした後、すこし間が空いて、明石の指が下腹部を撫でつけるように降りてくる。くすぐったくも甘美の底に落とし込まれるような感覚を、審神者は黙って受け入れる。ひくひくと反応してしまいそうになるのを抑えながら、審神者はからだを半ば強引によじり、明石の頭に自分の手を乗せ、そのまま撫でる。まるで子ども、もしくは飼い犬を褒めるようによしよしとかわいがる。
「我慢できたんだね。えらいえらい」
「…そんな風に褒められたって止めませんよ」
 腹部にあった左手が腰から胸に鎖骨と首筋を通って頬を包む。蛇がからだを這うように無駄なくなめらかな動きに審神者のからだはついに分かりやすく弾む。別に本気で茶化したかったわけではない。明石は感情の起伏をあまり露わにしないから、すこし挑発したかっただけなのだ。滅多に聞けない明石の感情を、もっと引き出したい。審神者は甘えねだるように左手に頭を預ける。
 明石も審神者の心情を察しているのか、わずかに左の口角を上げて眉頭をしかめながらも笑う。まるでまだ暴かせないとでも言うような不敵さに審神者はどきりとさせられる。我慢した欲で支配されているはずのからだで、よくそんな風に余裕綽々と構えられるものだ。審神者が思うよりも、明石は我慢強いのかもしれない。
 審神者のからだはあっという間に押し倒され、せっかく世話を焼かれた髪の毛が畳に広がる。しかしそんなことを気にしている間もなく、欲を潜ませた瞳に抱かれるのは明白だ。覆いかぶさってきた明石は審神者の薄い唇に触れるだけの口づけを落とした。眼鏡の奥の揺れない女郎花の瞳が見たくて、審神者は眼鏡をゆっくりと引き抜き、明石に手渡す。前髪を手でよけて、遮るものがなにもない瞳を愛おしむように目の下、頬あたりに口づける。
「明石は、なにを考えているか今でも分からないなあ」
「……教えましょか、なに考えているか」
「想像していたいから、教えないで」
 審神者がそう答えると、くすりと笑う明石に唇を何度も奪われる。口づけを交わす中で、ふと目が合う。その時わずかに揺れた女郎花が、審神者はひどく愛おしかった。

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