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 ひとり、帰路を歩くわたしの足取りは重たかった。
 政府からお叱りをうけてこってりと絞られたことが原因なのである。もとはといえば自分が悪いのだが、やはりくよくよしてしまう。
 本丸に辿り着くまでに気分を換えようと別のことを考えてみたり、楽しいことで頭の中を埋め尽くそうとしたが、叱責の記憶でかすんでしまう。
 いよいよ本丸の前まで帰ってきてしまったのだが、こんなわかりやすく落ち込んだ顔を刀剣たちに見せるわけにはいかない。
 硝子戸に自分の顔を映してにらめっこでもするかのように強引に笑顔を作るが、うまく保持できずにすぐ無表情になってしまう。
 いつまでも玄関前でうじうじと悩んでいるわけにはいかない。こんなところをもしも誰かに見られてしまっては羞恥心で身悶える。
 表情筋に変なちからが入ったまま玄関を開けて、ただいまと言いながら靴を脱ぎ捨てると、短刀たちがお迎えに来てくれた。
 どの子たちもおかえりなさい、おかえりなさいと嬉しそうに駆け寄ってきて、おみやげの菓子を渡すととびきり顔をほころばせて居間のほうに走って行く。
 わたしよりもどちらかといえばいつもおみやげで持ち帰る菓子を待っていたようだ。なるほどまったくかわいい短刀たちだ。
 今回買ってきたのは刀剣ひとりにつきひとつのショートケーキだ。むだな争いが起きないように種類はすべて同じ、いちごが乗っかっている生クリームのケーキだ。
 居間に入ってかばんをおろし、上着を脱いでかけていると短刀たちが台所にいる歌仙と燭台切に言われて皿とフォークを出してくる。
 短刀たちのすこやかでほほえましい様子を見ていると心が安らぐが、その間も脳裏には政府からの叱咤ががつんと響いて仕方がない。
 笑顔と平静を装っていても、心の乱れは刀剣たちの中の一部には見透かされてしまう。刀剣たちに不安を抱かせないように、ひとりで落ち着ける場所にさっさと引っ込んでしまいたかった。
「大将、食べねえのか?」
 フォークを咥えたまま顔を覗きこんでくる薬研藤四郎はわたしの瞳を見ながら奥底の感情まで伺ってくる。
 薬研はいつもと同じ表情に見えるが、確実にわたしが気落ちしていることに気づいて探りを入れてきている。
「んー……あとで食べるから冷蔵庫に入れておいて」
 目をそらしてそう伝えると、薬研はわかったと言ってわたしの分のケーキを別の皿にとりわけておいてくれる。
 本当は食べたいのだが、どうにもいまはにぎやかな場所にはいられない。かといってひとり別室でケーキをこっそり食べるのもおかしな話だ。
「どうやらいまの大将にはケーキよりもお薬が必要なようだな」
「ふふっ、なに言ってるの、薬研。わたし部屋にいるから、なにかあったら声かけて」
「俺は大将によく効く薬ならすぐに言い当てられるぜ」
 薬研は冗談めかながらわたしの精神状態を理解しているかのような言葉を口にする。
 適当に薬研の言葉を聞き流し、片脇に上着をひっさげてかばんを持って自室へと退散する。
 それにしたって、わたしによく効く薬とはなんだろうか。おそらく漢方薬にはきっと精神を落ち着かせる薬もあるのだろう。

 ゆっくりと忍びこむように自室に入ると、倒れこむように三つ折に畳まれた布団にむけてぼすんっ、と倒れこむ。
 だれかが日干しでもしてくれたのか、ふかふかであたたかい掛け布団に顔をうずめて、だれにも聞こえないような深いため息をこぼす。わたしの声は布団に吸収されてだれにも聞こえてはいない。
 着替えないままで布団にもたれかかっているところを世話焼きな刀剣に見つかれば叱られるだろうが、いまはそんなことはどうでもよかった。
 しばらくそのままの格好でぼうっとしていると、眠気がやってきて、心なしか体温が上がってきている気がした。
「主」
 そんな時、物腰柔らかな凛々しい声が障子の外から聞こえてくる。
 呼びかけにすこしだけ眠気が吹き飛んだ。あわてて振り向くと、障子に映しだされたシルエットでだれがやってきたかすぐにわかって胸を撫で下ろす。
 適当に返事をすると、わたしがおみやげに買ってきたケーキを持ってきた蜂須賀虎徹が入ってきて、わたしが布団にもたれてうずくまっている姿を見てくすりとほほ笑む。
 蜂須賀はわたしが初めて手にした刀剣であり、もっとも信頼できる相手だ。彼はケーキをテーブルに置くと、わたしの顔を覗きこんで、頭を撫でてくれる。
 いつもとちがって、手袋を脱いだ蜂須賀の手はひんやりとしていて気持ちがよい。
「主の元気がないから側にいてやれって、薬研がね」
「……薬研ったら」
 やはり薬研は察しがよい。
 たしかに蜂須賀と一緒にいると心が落ち着くし、いやなことも彼の顔をみると忘れられるのでついつい甘えてしまう。
 ――大将によく効く薬ならすぐに言い当てられる。薬研の言葉は外れではなく、見透かされているのが気恥ずかしい。
 布団にうずめていた上半身を起き上がらせると、蜂須賀が両手を広げてくれるので躊躇なくそこに飛び込む。
 蜂須賀の着物からは布団と似たひだまりの匂いがして、思わず息を吸い込んでしまう。なにも聞かずに背中を撫でてくれる手が優しい。
「……蜂須賀さんはわたしの万能薬だなあ」
「それは光栄だね」
 意味があまりわかっていなさそうな蜂須賀は、わたしと目を合わせるとにっこりと目尻を下げてほほ笑む。
 その笑顔は、やはりわたしにとっての万能薬にちがいなかった。


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刀さに版深夜の審神者60分一本勝負 様  @saniwan60
蜂須賀虎徹、(薬研藤四郎) 万能薬
2015.07.24

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