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 日々の心労が祟ったのか、この本丸の主である審神者は一週間以上、微熱を出していた。
 最初のうちは本人もしばらくたてばおさまるだろうと放っておいていたのだが、いくら時間が経てども微熱はおさまらなかった。
 それを親しい刀剣に相談したところ、それはもうひどく怒られて、審神者は自室での療養を余儀なくされた。
 どうも刀剣を喚び出した張本人である審神者の体調が悪いと、刀剣たちにも悪影響がおよぶらしく、一刻もはやく体調を整えねばならないとのことだった。
 そんな説明など、審神者になった時には一切受けておらず、納得がいかないまま審神者は、静かな本丸の一室で布団のなかで天井を見つめていた。
 審神者の体調が悪かろうと仕事をおろそかにすることは出来ず、刀剣たちは戦や遠征に出払ってしまっている。
 本丸はとても静かだ。残っている刀剣たちも、審神者の体調を気遣ってか静かに過ごしているせいだ。
 審神者はというと、たかが微熱でそんな大げさなと思う部分がやはり多く、布団に入ってもいまいち眠気もやってこない。
 布団の中に書物を持ち込んでぼうっと眺めたり、今頃、戦にでている者は大丈夫だろうかと皆のことを考えて暇をつぶしていた。
 そろそろ昼餉の時間という頃、部屋の外に人影が見えた。
「主、昼餉をお持ち致しました」
 丁寧な言葉遣いでことわってから部屋に入ってきたのはへし切長谷部だ。
 審神者の近侍や親しい刀剣が本丸にいない場合、審神者の世話をすすんでするのはもっぱら彼であった。
 長谷部はにこやかな笑みを浮かべ、手に持っていた土鍋の乗ったおぼんを畳におき、ふたを開ける。温かい湯気と米の甘い香りが食欲をそそる。
「主、食べられそうですか?」
「大丈夫」
 長谷部は審神者の返事を聞いて、また笑顔を浮かべる。
 目を伏せて、口を結び、口角をあげたその笑みから審神者は思わず目をそらす。
 審神者はどうしても長谷部の一挙一動が気になってしかたがない。正しく言えば、苦手、ということだ。
 初めて出会った時から審神者、の長谷部の印象は変わることがない。
 忠臣臭い言葉遣い、雑言もふざけたことも言わない口。何事にも動じることのない瞳、自分を気遣う動作や立ち振舞のすべて。
 なにをあげてもきりがない。審神者はそんな長谷部のことをずる賢いと思っていた。
 ――正しくは、まったくけがれのない、嘘偽りのない狡猾さ。それが審神者の心に突き刺さってどうしようもなかった。
 前の主のせいなのだろうか、だれが長谷部をこんな性格にしたのか、それとも元からこうなのか、過去を実際に見たわけではない審神者に確証はもてない。
 しかし、長谷部はどうすれば主が喜ぶかを心得ていて、主の癪に障らないように、無意識でそうしているのだ。
 彼がそうしたいからするのではなく、そうすることを無意識のうちに覚えているのだ。どこで覚えてきたのかは知らないが、尚更たちが悪いように審神者は思う。
 一挙一動のすべてがいやらしくて、嘘くさくて審神者の心には言えない鬱憤が蓄積されていった。
 自分を一個人としてではなく、主、という分類で見ているに過ぎないのだ。長谷部と接するたびにそれを実感させられた。
 どこを見つめているのかわからない目や、主、に対する気の配り方が、審神者は嫌で仕方がない。
 素の長谷部を見たいとおもう時期もあったが、無意識のうちに狡猾な長谷部も素なのだろうと最近はもう諦めがついた。
 そうすることで、長谷部のことを嫌だと思わないように気をつけていた。なにより、長谷部に悪意はないのだから、自分が嫌悪感を持ってはいけないと思った。
 だが、長谷部と接するとむずがゆい気持ちになるのは変わらない。
 本当はこうして世話をされるのも嫌であったが、動けば皆に心配されるので仕方なくされるがままに審神者は世話をされる。
 土鍋の中には玉子粥が入っている。上半身を起き上がらせ、土鍋から粥をすくい、口に運ぶ。
 この味付けは燭台切光忠だろうな、と思いながら食べ進めていると、長谷部の視線が気になった。
 その目はまた自分ではなく、主という存在を見ているのだろうと、審神者は長谷部の目を見返した。
 ――ああ、やはり狡猾な純真を孕んだその目が気に入らない。
 食事をすくう手が思うように進まず、土鍋に木のスプーンが沈んだまま沈黙が流れていく。
「主、どうかなさいましたか?」
「……長谷部ってさあ、わたしの世話してて楽しい?」
 唐突な質問に、長谷部は目を丸くする。
 質問からしばらく間が空いて、長谷部は答えを返す。
「主の世話をするのは当然のことですよ。良いも悪いもございません」
 だれに仕込まれたのか模範的な解答に審神者はうんざりする。
 直球で聞けば思わぬ解答が聞けるかもと希望をもってのことだったのだが、審神者が望んでいるような答えは聞けなかった。
 主を傷つけまいと、顔色を伺う様に、審神者は腹が立つ。
 そもそも自分が長谷部にどんな答えを期待したのかもわからず、審神者は話を続ける。
「わたしは長谷部に世話されるの嫌い」
「……俺は、主の癪に障ることをしてしまったのでしょうか」
「態度も、振舞い方も、全部嫌」
 嫌い、とはっきり告げると、長谷部の目がうつむき、眉尻は下がり、困惑しているようだ。
 拒絶されて心が痛んだような、その表情ははたして本物なのだろうか。
 素であろうとなかろうと、自分の言った言葉のせいで長谷部が困った顔をしている。
 心が荒んでいるのか、審神者はそんな長谷部の表情をいいと思ってしまった。
 長谷部を困らせればその涼しげな顔を曇らせることができる。
「わたし、困ってる長谷部の顔が好きだなあ」
 審神者は長谷部の頬に手を伸ばし、つう、となでる。
 すると長谷部は困惑した表情のままふっと微笑み、主の手をとる。
「それが主のお望みであればご随意にどうぞ」
 余裕を含んだその笑みは、腸が煮えくり返るほど腹立たしかった。
 きっとこの性格は直るものではないのだろう。
 この男は主のため、と言いながらも結局は自分の思い通りにはならないのだと審神者は実感し、手を振りほどくのだった。

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刀さに版深夜の文字書き60分一本勝負 様  @saniwan60
へし切長谷部 お題「微熱」「心から狡猾な純真」
2015.05.09

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