「そろそろ買い物行かなきゃなあ……」
審神者は調味料のたぐいや誰かの飲みかけが置かれている、青白い光に照らされた冷蔵庫を見てそう呟いた。
買い物は何週間に一度、まとめ買いをして過ごしている。
しかし、だれかが勝手に夜食を作って食べたり、おやつと称した食事を摂ったりで計画通りに食糧が減るはずもなく。
四十名ほどの刀剣男士を抱える本丸の食糧は頻繁に買い足される。
買い物は毎回審神者が自ら赴いて買うものを決めるのだが、いつもひとりはお供を連れて行くことにしている。
本当は料理担当の刀剣と買いに行けばいいのだが、あることが問題となって、審神者はそれを辞めた。
この本丸の料理係である歌仙兼定と燭台切光忠は自分で買いに行くと、とてつもない高級食材を買ってくるのだ。
審神者に渡される生活費は有限である。無限に湧いて出てくるものではない。つまり高級食材を買える余裕はない。
お供をだれかに頼もうと、審神者は台所から居間を覗いてみる。
何人かの刀剣がおのおのの時間を過ごしている。なんの偶然か、そこには新選組の刀ばかりがいた。
「加州ー、買い物ついてきてよ」
「えー、いま爪乾かしてる最中だから無理!」
「女子かよ」
まず最初に加州清光に声をかけたが、あえなく撃沈した。
テーブルにマニキュアを置いているのが見えたので最初から期待はしていなかったが、すっぱりと断られて審神者は思わず毒づく。
審神者は次に加州の向かいにいた大和守安定を見るが、うとうととして、いまにもテーブルに突っ伏して寝てしまいそうな表情だ。
ゆっくりとしたまばたき、いまにも目がひっくり返ってしまいそうだ。眠ってしまいそうな安定に、審神者は声をかけるのをやめた。
そもそも、安定はあまり買い物にはついてきたがらないのだ。
一度、ついてきてほしいと言ったことはあるのだが、しばらくためらった後に、まあいいけれど、とそっけなく返されたことが審神者の記憶によく残っている。
「かっこいい和泉守……いや、いいや」
「おいおいなんでだよ」
審神者はとりあえずその場にいた和泉守兼定に声をかけたが、それを自分で取り消す。
テレビをぼうっと見ていた和泉守は審神者のあいまいな声掛けに思わず振り向いた。
「だって和泉守、連れてったらうるさいんだもん。あれほしい、これほしいって。言ってから思い出した」
「やーい、怒られてやんの」
「加州、あんたも人のこと言えないからね」
和泉守も加州も買い物に連れて行ったことがあるのだが、審神者はえらいひどい目にあったことを思い出した。
あれがほしい、これがほしいという欲求をふたりは抑えずにぶつけてくる。
そのため買い物にも時間がかかるし、余計なものが買わさってしまう。
審神者にとばっちりで叱られた加州はすねるように顔を膨らませて眉にしわをよせる。
「あーどうしよう。だれかいないかなー……」
今日は多くの刀剣を戦に出したり遠征に出してしまったりで人手にかける。
審神者が頭を悩ませていると、庭から洗濯かごを抱えた堀川国広がひょっこりと顔を出した。
「主さーん、お洗濯終わったよー!」
「堀川くん、ちょうどいいところに!」
堀川国広を見た瞬間、審神者の苦い顔はぱっと明るくなる。
堀川は炊事洗濯を難なくこなし、ほかの人が気づかないことにもよく気がつく気配りやである。
審神者が縁側に駆け寄ると、堀川はなんのことやらわからないといった顔で審神者を見つめ返す。
「どうしたんですか? 主さん」
「堀川くん、買い物ついてきて!」
「はい、いいですよ」
堀川は迷いもなくひとつ返事だ。
洗濯かごを縁側に置き、靴を脱いで堀川は縁側に上がる。
「えー待って、待って! 堀川が行くなら俺が行く!」
「いや、俺が一緒に行ってやるぜ、なあ?」
「あんたたちどうしたの急に」
堀川が一緒に行くと言った途端、加州と和泉守は急に立ち上がり、自分たちがついていくと言い出す。
それを見て審神者は気味が悪いというような顔をしてふたりから一歩引く。
ふたりを見た堀川はなにかを察したような苦笑いを浮かべる。
「さ、行きましょうか。主さん」
それでも見せつけるように、堀川は審神者の手を引き、居間から出て行ってしまう。
部屋から出て行ったふたりからは仲のよさそうな笑い声が廊下から聞こえてくる。
ふたりの後ろ姿を見た加州はうなり声をあげてテーブルに手をのばす。その手が突っ伏して寝ている安定の頭にあたる。
頭になにかが触れた感触に安定はあくびをしながら目を覚ます。そうしてすぐに眉間にしわを寄せて、加州を睨む。
「……お前のせいで目ぇ覚めたじゃん」
「あー最悪だよ、最悪! 堀川に主とーらーれーたー!」
足をじたばたとさせて、加州は安定に愚痴をぶつける。
なにがあったのかよくわかっていない安定は首をかしげながら、ふうんとだけ返事をしてテーブルに頬をつける。
「爪なんか乾かしてるからだろ」
「相棒に主とられたくせにうるさい」
加州は和泉守にも八つ当たりをして、つややかな赤い爪を眺めて大きなため息を吐いた。
「僕でよかったんですか?」
堀川は遠慮がちに審神者に尋ねる。
それは、先ほど審神者と買い物に行きたがっていた加州と和泉守を思って出てきた言葉だった。
他と比べても、堀川は控えめである。必要以上になにかを求めたりしないし、どちらかといえば人に尽くすことを惜しまない性格だ。
なにかを人と取り合うことになってしまった場合は間違いなく譲るだろう。しかし先ほどはそれをしなかった。
たかが買い物とはいえども、審神者とふたりきりになるというのは特別な時間だ。審神者はそうは思っていなくとも、刀剣は、堀川はそう思っている。
だから譲ることはしなかった。それだけは譲れなくて、それなのに控えめな性格が災いして、悲観的な問いを審神者に投げかけてしまう。
堀川の前を歩いていた審神者は、きょとんとした顔で堀川を見る。
「なんで? わたし、堀川くんと買い物行くのすごい好きなんだよ。堀川くんといろいろ選んだりするの楽しいし」
堀川の不安を吹き飛ばすように審神者はあっけらかんと答える。
「そう、ですか」
すこしほっとしたような声音で、堀川は胸を撫で下ろす。
審神者は手を差し出し、堀川もそれを握りかえす。
すると審神者は堀川をとなりに並ぶように引っ張り、笑みを向ける。
「ほら、行こう」
「……はーい!」
戸惑った顔のまま、堀川は歩き出す。
もし、最初に声をかけられたのが自分だったら、べつのだれかに譲っていただろうと堀川は思う。
堀川は自分の性格をよく知っている。薄っぺらい、つくり笑いを浮かべながら残念だと言っている姿が容易に想像できる。
けれども、いまは余計なことは考えずに、ささやかな幸運にいまは浸ろうと、堀川は審神者のとなりで顔を綻ばせた。
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刀さに版深夜の審神者60分一本勝負 様 @saniwan60
堀川国広 お題「遅ればせの大逆転」
2015.06.03
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