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 今日もいつも通りの朝。審神者が沢山ある茶碗にご飯を盛っていると、どすどすと機嫌の悪そうな足音が聞こえてきた。
 しかし何十振りもの刀がいれば機嫌が悪い者は毎朝出てくる。いちいち気にしていてはきりがないので審神者はまったく気にも留めていなかったが、その足音の主が食卓に現れた途端、意外性に驚いてしまった。
「…………」
 大きな足音で廊下を踏み歩いていたのは蛍丸だった。
 ひどく眉間にしわを寄せたままおはようと呟くと、蛍丸はそのまま審神者から白米のよそわれた茶碗を受け取る。
「おはよう……えらく機嫌が悪いじゃない、蛍丸」
 蛍丸が機嫌を損ねることはあまりない。どちらかといえば朝は眠そうな目のまま黙々とご飯を食べていることが多く、比較的静かだ。自軍の優秀な戦力が機嫌を損ねたまま戦場に出て怪我でもしたら困る。
 審神者は蛍丸の顔色を伺いながらやんわりと機嫌が悪い理由を尋ねた。
「だって起こしてもぜんぜん起きないんだもん、石切丸が」
 本丸では刀剣の種類ごとに私室を分けており、蛍丸はもちろん大太刀の部屋に属している。
 大太刀の中では唯一少年の見た目をしている蛍丸は頬を膨らませ、口をとがらせて同室の刀剣に対して文句を吐く。
「ええー? 今日出陣なんだから……もう」

 審神者が大太刀共用の部屋を訪れると、布団はしっかり整頓されたものが二組、ごっちゃりと乱れたままのものが一組、そして朝だというのに未だ一振りを寝かしつけているものが一組あった。
 すやすやと心地良さそうな寝息が聞こえる。審神者自身も朝はゆっくり寝ていたい派であるため、こんなにも気持ち良さそうに寝ているところを起こすのは申し訳ない気がしたが、仕事は仕事。はやく起きてもらわねばスケジュールが狂ってしまう。
「石切丸さーん、起きてくださーい」
 布団の横に座り、布団を抱きしめる石切丸に向かって通常の声音で話しかける。しかしまったく起きる気がしない。
 それどころか、寝顔を隠すかのように布団の中へと潜ってしまった。起こしにきたのに眠りを深くさせてどうするのか。
「全然起きない……日曜日のお父さんみたい……」
 石切丸は見てくれからなんとなく父性を感じる。そこまで老けているというわけではもちろんないのだが、しっかりとした肉付きのよい体格、落ち着いた声色や物応じしない性格、そして何よりも頼りになってとても優しい。
 審神者も父に頼るような年齢ではないが、ついつい石切丸に対してはそういったイメージを抱いてしまう。
 疲れているだろうから、ゆっくりと寝たい気持ちはよくわかるし、寝かせてあげたい気もする。しかし今日も今日とて仕事だ。
 審神者は石切丸の肩を布団越しに掴むと、大きく体を揺さぶった。これならさすがの石切丸も起きるだろう。
 重たい体を揺さぶるのにはなかなか腕力がいる。審神者と石切丸とでは体躯がまったく違うため、一度揺するだけでも一苦労だ。
「もー、朝ごはんなくなっちゃ……ひゃっ!」
 いい加減揺するのも疲れてきた途端、ずるり、と片腕を引っ張られた。審神者は体勢を崩し、思わず石切丸の横に寝転ぶような形になってしまう。
 その状態の恥ずかしさから、審神者は慌てて石切丸から離れようとしたが、一度掴まれた腕はそう簡単には解けなかった。
 それどころかむしろ体は布団の中へと引きずり込まれる。背中に手を回され、ぎゅう、ときつく抱きしめられる。まるで審神者は抱きまくらだ。
 この密着は非常に拙いものがあった。審神者の耳元に丁度、石切丸の寝息がかかるのだ。
 それはもうすやすやと心地が良さそうだが、審神者の心拍数は一気に飛び跳ねた。熱い息はあまりにも心臓に悪い。頬がみるみるうちに紅潮していくのが自分でもよくわかった。
「く、っ、くるし……! ちょっと、石切丸さ……」
 胸に抱きかかえられた審神者は解放を訴えて石切丸の胸元を軽めに叩いてみる。しかし石切丸は起きてはくれない。
 厚い体とたくましい腕に抱かれて、不覚にも異性に抱かれていることの恥ずかしさがふつふつと湧いてくる。今までは勝手に父性を感じていたが、されど他人、されどひとりの男。
 突然沸き起こって冷めない感情をさらに煽るかのように、石切丸の大きな手のひらが審神者の体をゆっくりと、無造作に撫でつけた。
「ひっ、ん、……もう! 石切丸さんってば、起きてよ!!」
 下腹部のうずくような感覚に思わず審神者の口から甘い声がこぼれてしまう。本当に起こさなければ、これ以上はもう拙い。主に審神者の体がもたないという意味で。
 審神者は握りこぶしを作ると、鎖骨の溝を強く叩き、動揺して若干ひっくり返ってしまった声で怒鳴りつける。
 すると、審神者を抑えつけていた手の力が抜けた。審神者がすぐさま体勢を起こし、石切丸の顔を見ると、薄目を開けて寝ぼけた相変わらずの優しい笑みを浮かべていた。
「…………おや、あるじ……おはよう……」
「はいおはよう! 朝ごはんできてるからねっ!」
 石切丸はあくまでもいつも通りだ。寝坊をしている意識もなさそうな穏やかな笑みに、審神者も怒る気を削がれてしまう。
 それに、何よりもふたりでいることがものすごく恥ずかしかった審神者は先程の蛍丸のようにどすどすと廊下を踏み鳴らして足早に部屋を去ってしまう。

そんな審神者の姿が見えなくなった頃、石切丸は唇で弧を描き、あやしげに目を細める。
「…………ふふっ、やりすぎたかな」
 彼女が自分のことを異性として見ていないことは知っていた。だからこれは、ちょっとしたいたずらなのだ。

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