審神者は台所にいた。
台所でなにをしているか。べつにつまみ食いや味見をしにきているわけではない。
料理を作っているのである。
ふだんは刀剣たちが交代制でやっているので、審神者が台所に立つことは少ない。
審神者も、料理が特段上手なわけでも好きでもないので、いつも料理上手な刀剣たちに任せていた。
しかし、今日はそういうわけにもいかなかった。
ついうっかりして、炊事洗濯掃除のできる刀剣たちすべてを戦や遠征に出してしまっていたのだ。
送り出した後にそのことに気づいて、審神者は必死でまずは昼餉の支度中である。
幸いなことに、本丸に残っている人数も多くないので作る分量はまだ少なくて済んだ。
だが、審神者には古きよき時代を生きた刀剣たちの口にあう料理が作れるかどうか不安であった。
いままでも、審神者がだだをこねたせいもあって洋食も何度か食卓に並んだ。
それを皆が美味いと食べていたことは記憶していたが、それは作り手のセンスもあるだろう。
審神者には料理に対するセンスなどない。
きっとこの料理の出来を見られたら、格好よくないね、だとか、雅じゃないと言われることをついつい想像してしまう。
不安を抱えながらも鍋をかき混ぜていると、ふと、視界が暗くなったことに気づく。
「おい、髪やってくれ」
「堀川くんは?」
後ろからぬっと現れたのは和泉守兼定だった。
今日は珍しいことに非番で、だらしなく昼まで寝ていたようだ。
髪はぼさぼさ、服は袴にノースリーブのインナーと格好までだらしがない。
審神者が彼の助手の行方を尋ねると、遠征、と短い返事が返ってくる。彼を遠征に出したのはそういえば自分だったと審神者はため息をつく。
「いまご飯作ってるからあとでね」
「……お前が飯作ってんのか?」
この様子を見て誰が食事を作っていると思うんだと審神者は突っ込みたくなったが、喧嘩になると面倒なのでぐっとこらえる。
たしかに、いままで食事を作っている姿を本丸では見せたことのない審神者だ。和泉守兼定にそう言われるのも無理はない。
和泉守兼定は鍋をのぞき込むと、怪訝な顔をして口を引きつらせる。
「なんだこりゃ」
「カレーライスっていうの。元はインドの料理だけどイギリス生まれで、今の日本人はみんな大好きよ」
審神者が作っていたのはカレーライスだった。
いまや国民食とも言われるカレーライスが刀剣たちに受け入れられるかは甚だ疑問ではあったが、なにより作るのが楽であった。
見てくれは日本食からはかけ離れているため、和泉守兼定はとても食事だとは思えなさそうな顔をしている。
「ご飯といっしょに食べる辛い肉じゃがだと思ってくれればいいよ」
「……ますますわけがわかんねえ。これ焦げてるわけじゃねえのか」
審神者はうまい例えを言ったつもりだったが、和泉守兼定はさらに混乱してしまったようだ。
鍋から目を離さない和泉守兼定に、審神者はしかたないとカレーに入っているじゃがいもを箸で取り出し、半分に割って、彼の口元に持っていく。
「じゃあ味見してみなさい」
「……まずかったら承知しねえからな」
和泉守兼定は顔にかかる髪の毛をかきあげ、審神者に合わせるように屈み、口を開ける。
審神者は和泉守兼定に食べさせると、どうだ、どうだと感想を急かす。
一方、うたぐった表情でじゃがいもを食べた和泉守兼定は咀嚼しながら眉間にしわをよせ、首をかしげ、それから一言。
「よくわかんねえ。……普通だな」
「貴重なじゃがいもをあんたにやって損したわ……」
一番あいまいな感想に、審神者は眉間にしわを刻んだままそう言い放つ。
審神者はもう半分のじゃがいもを食べてしまうと、ルーを味見して火をとめる。
「ほら、髪やってあげる」
「あ、あぁ」
審神者は和泉守兼定を鏡の前まで連れて行き、座らせると、さっさと髪を結い始める。
髪も自分で結えない坊っちゃん育ちの彼になんとなく呆れながらも、審神者は丁寧にくしを通していく。
和泉守兼定の髪の毛は戦場に立っているとは思えないほどきれいで、女の審神者もうらやましいほどだ。
それでも中身がかわくないので、審神者はじゃっかん苛立ちをこめながら髪を梳かしていく。
せめてお世辞でも美味しいと言えばかわいいのだが、和泉守兼定がそんなことを言わないのも審神者はよくわかっている。
「なに怒ってんだよ」
「怒ってない」
「普通って言ったのが悪かったのか?」
めずらしく審神者の腹の虫の居所が悪いのを察した和泉守兼定は鏡越しに審神者を見る。
審神者は目も合わせずに三つ編みを結い、口をへの字にまげる。
和泉守兼定は審神者から目をそらし、恥ずかしそうに普通と言ってしまった理由を口にする。
「……辛くて味がよくわかんなかったんだよ……」
「……えっ?」
「んだよ悪いかよ!」
和泉守兼定の言葉に審神者は呆気にとられたような反応をしてしまう。
その反応を見て和泉守兼定はすこしひねくれてしまい、むくれた顔で声をあらげる。
審神者が使ったカレーの固形ルーは中辛だ。
辛いのが苦手そうな短刀たちにははちみつなどで辛さを緩和してやればよいと思っていが、まさかここにも甘口が必要な太刀がいるとは。
笑いをこらえきれない審神者は、和泉守兼定の髪の毛に顔をうずめながら笑い声を抑えようと必死だ。
「ふ、ふふふっ、ごめ、ふふ、そっか……和泉守は辛いの苦手なのね……!」
「大きい声で言うんじゃねえよ!」
和泉守兼定の告白に面白くなってしまった審神者は和泉守兼定の頭を撫でながら、事実を確認するように声に出す。
笑いながらも髪の毛を三つ編みにして、髪結いは完了だ。
「ほら、皆を呼んできて。お昼だよって」
「くそ……わかったよ」
「ちゃんと和泉守のは甘口にしといてあげるから」
「あーもう、うるせえよ!」
皆を呼びに行く和泉守兼定をからかいながら審神者は台所に戻る。
短刀と和泉守兼定の分を別の鍋にとりわけ、はちみつとすりおろしたりんごを投入してかき混ぜる。
その間も審神者は笑いを堪えきれずにいて、料理を運びにきてくれた短刀たちになにをそんなに笑っているのかと質問攻めにあったが、なんとかごまして話題を逸らす。
本丸に居た刀剣たちにはカレーライスは思いの外好評であった。
短刀たちに主さまの変なご飯、と言われたことが心にひっかかりはしたものの現代の食事も彼らの口に合うことがわかって審神者はほっと胸を撫で下ろした。
和泉守兼定もちゃんと完食し、審神者が洗い物をしているところに食器を下げにくる。
「辛くなかった?」
「……あー? 少しはな……」
「ふふ、それならよかった」
審神者が嬉しそうに笑うと、和泉守兼定はなにか言いたそうに天井を眺めながらその場から離れない。
それを気にもとめず審神者は洗い物を終え、手についた水をタオルで拭き取る。
「……まあ、美味かったぜ」
和泉守兼定の素直な感想に審神者は驚いて目を見張る。
感想を述べた後の和泉守兼定はすぐに目をそらして台所から立ち去ろうとする。
「ちょっと、待って!」
その後姿を審神者はひっとらえ、腕を掴んで振り向かせると和泉守兼定の顔はうっすらと赤い。
「……んだよ」
「美味しいって言ってくれてありがとね」
「なっ、……べつに、それぐらい……!」
審神者のまっすぐなお礼に和泉守兼定は困った様子で口ごもる。
ふたりとも普段は素直とは正反対な言動のため、お互い照れてどうしたらよいかわからず、その場に立ち尽くす。
しばらくふたりとも黙っていたが、急に和泉守兼定が掴まれていた腕を振りほどく。
「あー……稽古行ってくる」
「あ、うん、いってらっしゃい」
ぶっきらぼうに立ち去っていく和泉守兼定の姿を見送ると、審神者はまた笑いがこみ上げてきて、ひとりで思い出し笑いをしてしまう。
普段もああ素直だったらいいのにと思いながら、次は掃除に取り掛かるのだった。
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