「……兼定」
「んだよ」
「なんか拗ねてるでしょ」
当たりだったのか、和泉守兼定は肩をびくりとふるわせて、「べつに」とそっぽを向きながらそう言った。
その言葉はすぐに嘘だとわかった。
和泉守兼定が拗ねていると気がついたのは、つい最近のことだった。
わたしが他の刀剣、主に一部の短刀や脇差したちを甘やかしていると、和泉守兼定はよく面白くないような顔をしている、らしい。
らしいというのは周りから聞いたからだ。主に彼の自称助手を名乗る堀川国広から聞かされた。
とはいっても、甘やかしているという内容が抱きしめたり、お菓子をあげたり、頭をなでたりということなので、かなり子どもにすることだから面白くなさそうな顔をしている理由がわからない。
そこの理由も聞いてみると、彼がこの本丸で年が一番下だと聞かされた。思わず驚いた。和泉守兼定にかかわらず、外見の年齢と実年齢は比例しないらしい。
拗ねているおかげで、疲労はたまりやすいわ、刀装は壊しやすいわでこちらもなにかと苦労する。
それを堀川国広に相談したら「主さんが甘やかせばすぐに兼さんの機嫌も直るよ」とのことだった。
そんな単純なことでよいのか、正直もっと金のかかりそうな奴かと思っていた。
でも甘やかすってどうやって、と堀川国広にまた聞けば「僕たちにしてるようにすればいいよ」と言われた。
つまりそれは抱きしめたり、頭を撫でたりということだ。そんなことで機嫌が直るようには全然思えないのだが、そう反論しても堀川国広には「大丈夫、きっと喜ぶから!」と流されてしまった。
たしかに、和泉守兼定がいくら誉をとってきても、多少褒めることはあっても甘やかしたりすることはなかった。なにせでかい大人だから不要だと思っていた。
しん、と静寂な本丸には今日はわたしと和泉守兼定しかいない。やるなら今しかない。
……こちらから聞いたところで、拗ねてることを認めるような奴でないことはわかっているが、ひとまず動揺はさせられた。第一関門クリアだ。
あとはどう甘やかす方向に持っていくかだ。ほかの素直な子たちと違って、和泉守兼定はわりと強情だ。
「さあ、こい!」
「……なんだよ」
正座したまま両手を広げて、兼定を受け止める体勢は万全だ。
兼定は恥ずかしいものを見るような目でこちらを見てくる。視線がからだじゅうに突き刺さる。
短刀たちならすぐに飛び込んできてくれるので、このちょっとした間はつらいものがある。
いつまでも兼定が煮え切らない態度でいるので、すこし作戦を変えることにした。
「わたしが兼定をぎゅってしたいの。だから、さあ」
下手に出てみた。いま自分はちゃんと笑えているだろうか。ぎこちない顔になっていないだろうか。
ほかの刀剣たちにならいくらでも言えるのが、日頃いさかいが多い兼定に言うとなると、どうしてもぎこちなくなってしまう。
和泉守兼定とはなにせよく揉める。作戦から、部隊の構成、食事、その他もろもろ……思い出したらきりがない。
わたしが手をひろげて待ち続けていると、兼定は眉間にしわをよせ、気恥ずかしそうな顔をしながらもようやくこちらに歩み寄ってきた。
「……あんたが言ったんだからな」
「はいはい」
自分のせいじゃない、と前置きしてから兼定はやっとわたしのふところに潜り込んできてくれた。まったく素直じゃない。
どうしてもわたしのほうが小さいので、どちらが抱きしめられているのか微妙なところではあるのだが。
兼定はあごをわたしの肩にのせて、はあ、とため息をつく。耳にかかる息がなんだかくすぐったい。
こう抱きしめてみると案外あたたかくていい。刀剣の付喪神といえども今は人間の姿。体温も人並み……いや、兼定の場合、それよりも高く感じる。
もしかして子ども体温なのかと考えるとなんだかかわいく思えてきてしまった。けれどもからだはがっしりしてるので、ちゃんと男のひとなのだが。
背中のうしろに手をまわすと、長い髪の毛に手がふれる。艶があっていつもきれいだ。女としてはちょっと羨ましい。
ふと兼定の顔をみると、やはり横顔もきれいなのである。
男に対してきれいというのは褒めているうちにはいるのかわからないが、兼定なら喜びそうだ。
白く透き通っている頬にかるく口づけすると、兼定のからだが離れてしまう。顔と耳までもが赤香色にみるみる染まっていく。
「なっ、な、なにしやがんだ……!」
「あ、ごめん。つい、短刀たちとのくせで……」
土方歳三は女からよくモテたと聞いていたから、兼定にも耐性があるもんだと勝手に思っていたのだが、慌てふためいた反応は予想外だ。
それがたかが頬に口づけしただけで顔を赤くするなんて思わなかった。ちょっと悪いことをしてしまった気になってしまう。
すこし怒ったような顔をしているふうにもみえる。まずい、甘やかすとはいえどもすこしばかり方向性がちがったかもしれない。
「あのなあ、付喪神といえどもここにいるやつらはみんな男なんだ」
「ははっ、ごめんってば、っん……」
お説教に笑っていたら、いきなり手首をおさえつけられて身動きがとれないでいると、兼定の顔が近づいてきて、気がつけばわたしの唇は兼定によって塞がれた。
けれどもすぐに唇は離れる。とつぜんの出来事に理解が追いつかない。
「……仕返しだ」
ぽすっ、と兼定はまたわたしの胸に顔を隠すようにうずめ、また抱きつくようにして潜り込んでくる。
まさか頬にして、口に仕返されるとは思わず、ぽかんとしているわたしだが、わたしよりも仕返しをしてきた本人のほうが恥ずかしそうだ。
どういう反応をしたらよいかわからなくて、とりあえず頭をなでてみる。耳に手がふれると、びくりとからだが反応し、耳飾りの揺れる音がする。
「兼定……」
「和泉守」
強い、ちょっと怒っているような声で呼び方の改正を求められる。
前々から兼定と呼んでいたのに。今更になっていやになったのだろうか。
本丸には兼定と名のつく刀が二振りある。
ひとりはこの和泉守兼定で、もうひとりは歌仙兼定。
わたしは歌仙兼定のことを歌仙と呼ぶため、区別はついていたと思っていたが、どうも本人はいやだったみたいだ。
「和泉守、またこうやって抱きしめてもいい?」
一回だけじゃきっとまた拗ねる。約束することが大事だろう。そしてあくまでこちらが下手に出ることが大切だ。
和泉守がわたしを抱きしめる力に手が入ったので、これはよい、と判断していいのだろう。
わたしがまた頭をなでると、和泉守はばつがわるそうな表情をしながら顔をあげる。
「……怒ってねえのかよ」
「……ん、怒ってないよ」
おそらくこの問いはさきほどの口づけに対するものだと思われる。
それを理解するのにすこし時間がかかったが、べつに怒るもなにもない。
そもそも、わたしが和泉守の頬に口づけをしてしまったことが発端なのだ。
わたしの返事に安心したのか、和泉守は再び肩にあごを乗せるような体勢で抱きついてきて、ぼんやりと互いになにも言葉を交わさず抱きしめ合う時間が続く。
これじゃあ、短刀たちを抱っこする時間よりも長い。本人に言ったらきっと怒るだろうけど、とんだ甘えん坊じゃないか。
「ねえ、和泉守そろそろ――」
そろそろみんな帰ってくるからおしまいだよ、と言おうと思ったら、なんとも心地よさそうな寝息が聞こえてきた。
まちがいなく和泉守の寝息だった。
抱きしめられたまま寝られてしまった。
どうしようものか。このままではなにもできない上にみんなが帰ってきたらまた一悶着起こる。
和泉守もやっと機嫌が直ったように思えるのに、また機嫌が悪くなってしまう。本末転倒だ。
手元の時計をみるとあと三十分ぐらいは余裕があると思われる。
「まだ、大丈夫か……」
あたたかい体温と、心地よさそうな寝息に、こちらにまで眠気がうつってくる。
今日はお日柄もよく、昼寝には最適だ。でも寝てはいけないという苦行がわたしを今苦しめている。
まぶたがだんだん重くなっていく。視界もぼやけるし、狭まっていく。
睡魔に身を委ねろとささやかれているような気がした。
とうとう首ががくん、とおちて、和泉守の肩にぶつかる。
二十分寝て、起きればいいやと、わたしの意識は完全にここでおちた。
……目がさめた時にはもう夕刻で、夕餉の支度をだれかがしているのかいい匂いが漂ってくる。
今日のお昼ごろなにをしている最中に寝てしまったかを思い出して、頭の血がさあっとひく。
辺りを見回しても和泉守の姿はなく、その代わりに浅葱色の羽織りがわたしにかけられていた。
大きさからしてどう考えても一緒に寝ていた和泉守のものだ。
いまの状況から察するに、わたしのほうが長く寝てしまい、先に起きた和泉守が羽織りをかけてくれたのだろう。
立ち上がろうにも、ずっと正座をしていたせいか足がびりびりとする。
しばらく足をもみほぐし、力をいれて立ち上がる。この間約十分。さすが正座で昼寝していただけあって時間がかかる。
「返しに行かないと……」
ゆっくりと立ち上がり、刀剣の一部が生活する部屋に足を向ける。
部屋の戸の向こう側から、ぎゃあぎゃあとわめき、あらゆる罵声が聞こえてくる。
複数の声が入り交じっていて、なにをそんなに争っているのかはわからないが、入らないほうがよさそうな雰囲気だ。
羽織りを抱えたままその場を立ち去り、うなりながら廊下を歩く。
すると、向こうから歌仙兼定がやってきたので足をとめる。
「おや、主。起きたのかい」
「……みんなの出迎えもできず、申し訳ない……」
歌仙には今日だけ和泉守の代わりに第二部隊の部隊長を務めてもらっていた。
具体的に説明はしなかったが、それとなく代わってもらいたい理由は話した。
同じ兼定派だから言っても問題はないだろうと勝手に判断した。歌仙も快く承諾してくれた。
隊が急に変わって迷惑がかかっているのにも関わらず、わたしはみんなの帰陣を出迎えてすらいない。さすがにそれは反省している。
「いいや。おもしろいのものを見せてもらったからそんなこと気にしていないよ」
「は……?」
「まさか君と和泉守が一緒になって寝てるなんてね……そこまでしているとは思わなかったよ」
歌仙兼定は笑いを交えながらそう言う。
やはり見られていた。そうだよね、主が出迎えもしなかったらふつう姿を探すだろう。
「いまちょうどその件でもめているはずだよ」
「その件って……」
「主……その現場を見たのが僕だけだとは限らないだろう? いや、まさか僕もあんなことになってるとは思わなかったからね、主の姿を探すみんなを制止しなかったんだ」
また血の気がひいた。
どうしてあの時睡魔に勝てなかったのか、自分の向こう見ずな性格を悔やむばかりだ。
そして、先ほどの喧騒は自分も原因のひとつであると知ってさらに頭を抱えた。
「これは僕から返しておくよ。主が部屋に入ったら余計にややこしくなる」
「……お願いします」
おとなしく羽織りを歌仙に渡す。あそこで突入しなくてよかったとひたすら思う。
突入していたらとても面倒なことになっていたかもしれない。
はあ、とため息をつくと、わたしが来た方向に歩いていった歌仙がわたしを呼び止める。
「ああ、そうだ。和泉守の機嫌はずいぶん直ったみたいだよ。主に甘やかされたのが効いたんじゃないかな」
人からそう言われると、自分のしたこと、されたことを思い出して急に顔が熱くなる。
かるくだけれど、唇が重なったあの感触、至近距離にあった和泉守の顔を思い出して、恥ずかしさに身が震える。
こんなこと、だれにも言えるはずがない。誰を甘やかす時にも、口づけなんてしたことがないのだから。
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