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 地に足すらまともに着けないくらいまで酔っ払ったあんずを介抱して自宅の玄関に辿り着けば、日付をまたいでもう一時間は経つ頃か。逆先夏目は己の小柄な体格と腕力をここまで呪わしいと思ったことはなかった。
 学院を卒業し、あんずが大学三年生の頃から同棲を始めた。夏目は彼女のことを誰よりも把握しているつもりでいたが、まさか自分ひとりでは帰宅できないほど酔っ払う悪しき一面があることは今日初めて知った。
 いつもは自分を抑えられるタイプの彼女。中学時代の女友達と久しぶりにご飯に行くと楽しそうに話をしていたので、まあ彼氏としてたまには羽目を外しておいデ、なんて言って夏目は送り出した。その言葉が彼女のリミッターを外してしまったのか、場の空気にのまれたのか、この飲んだくれには聞きようがない。
 日付をまたぐまでには帰ってくるから、とアクセサリーを選びながらほほ笑んでいた五時間前の彼女がもはや懐かしい。
 日付が変わる手前になっても帰ってこないあんずを心配に思った夏目が電話をすると、彼女はすでにこの状態であった。けらけらと話す電話の奥からは、まったく自宅とは別方向の駅に降り立っていることが伺えた。
 このままではおそらくひとりでは帰ってこられない。そう察した夏目はあんずを駅まで迎えに行き、こうしてやっと自宅に帰ってきたというわけだ。家から出ることはないだろうと風呂に入ってしまったからだが少しだけ湯冷めした。
「おうちついたの~」
「ハイハイ、着いたヨ。子猫ちゃん」
 高校時代、出会った時から変わらない呼び名で声をかけながらあんずの靴を脱がせてから、自分の靴を雑多に脱ぎ捨てる。
 靴を脱がせるために座らせたあんずを再び立ち上がらせるために両手をとり、腕を支えてからだを起こすが、いかんせん全体重をかけられるとあんずがいくら女性とはいえども支えるのに苦労する。よろめきながらも肩を担ぎ、どうにかして寝室を目指す。今までまともに酔っ払いの介抱なんてしたことがない夏目は苦労を強いられている。寝室に続く廊下がやたらと長く感じた。
「ねえ~なつめくん、なつめくん」
 音程の乱れ絡まった声であんずは夏目を呼ぶ。むりやり歩かせていた足が止まってしまう。
「なにかナ。できれば早く君をベッドまで連れていきたいんだけド」
「あのね、なつめくんにもうしわけないっ、ことしている! わたしはいま」
 急に倒置法を用いて話し始めたあんずの目は据わっている。激務続きでろくに休んでいない時の目にも似ていると夏目は感じた。酔っ払いの相手はまともにするべきでないとふんでいる夏目は投げやりで聞き流しているような対応、それでもかわいい恋人だから、そこそこの態度で彼女の話を聞いてやる。
「らぁから、お礼したいとおもうのです」
「その気持ちは明日いただくかラ、今はとにかク……チョッ、ちょっト! 子猫ちゃん……!」
 酔っ払いに力加減などない。あんずのからだが横から倒れ込んできたかと思うと、ふたりのからだはひんやりとした廊下で絡まりながら倒れ込んだ。夏目は肘あたりを少々打ちつけてしまったが、あんずのからだは身を張って受け止めたおかげでなんともなさそうだ。
 そう、いま廊下に倒れ込んでいる夏目の上にはあんずが乗っかっている。あんずの手は夏目の腰あたりをがっちりと掴んでおり、それが妙にくすぐったい。
 余計な欲をそそり立てるような感触をぐっとこらえながら、夏目はあんずを退かそうとするものの、あんずは夏目の考え通りに動かない。それどころかあんずは夏目のからだに完全に覆いかぶさり、とろんとした瞳でどこを見ているのか分からぬ目のまま、唇を重ねてきた。
 唇はすぐに離れたが、夏目が喋ろうとすると再度口をふさがれ、まともな会話が行えない。むせてしまいそうな口づけを繰り返したあとにようやく解放された。赤く色めく小さな舌がやけに扇情的にみえた。
 半ば強制的に行われたこれがお礼なのだろうか。彼女はこんなことをするような人ではないことを、恋人である夏目はよく知っている。さすがに情事で恥ずかしがることはなくなったが、大胆とも言えないあんずがまさかこんな真似をするとは夢にも思わず、夏目は驚きを隠せないのと同時に酒の力を感じた。あんずは艶めいた唇を開く。
「なつめくんの、さわるね」
 もはや許可制でもないらしい。すすす、とあんずの手が腰から下におりていく。日焼けなんてまったくしていない、白くきめ細やかな素肌に熱い手が触れた。彼女がなにを触ろうとしているのか分かってしまった夏目は慌ててからだを起こして彼女の手首を捕らえ、その行動を静止する。
 流石にこれ以上は夏目の心臓に悪いし、感覚的にだが酔っ払った勢いでさせるものではないと判断した。
「ダメ、ストップ…! 子猫ちゃん、分かル? いい子だかラ、おやすみしよウ?」
「なんでぇ?」
「なんで、ッテ…ひっ、ア」
 話している最中に爪先で薄い皮膚を引っかかれ、情けない声がこぼれる。それを聞き逃さなかったあんずは指先で円を描くように夏目の腹部を撫でつける。
 手首を抑えるだけでは不十分だった。夏目は失敗したと思いつつ、あんずのいたずらじみたお礼とやらから逃れられない。
「いいときは、ダメっていわないって、なつめくんわたしにいつもいうよ、ね」
「それハ、そうだけド……」
「らったら、なちゅ…なつめ、くんもまもらなきゃ、だめ」
 むくれた顔で頬をふくらませる彼女。正常な状態なら説き伏せられそうだったが、今日ばかりはそれがうまくいきそうにもなかった。
 下半身にあんずが乗っかっているせいか、夏目のからだは色んな意味で限界を迎えている。しかし廊下で、酔っ払った彼女にされるがままというのは男としてもやはり面白くない。
 しばらく拮抗していると、あんずは手首を掴む夏目の手を振りほどいてしまい、ふたたび下腹部に手が伸びてくる。そして、服越しに夏目そのものを下から上に、加減のできていない少し強めの力で形を確認するように撫でつけられる。
「おっきくなぁれ~」
「ホントに待ッテ…! ああ、もうなんでこんナ、っンン、……」
 童心に帰ったように、きゃっきゃっとはしゃぎながらあんずは服越しに擦るのをやめない。いつもはこんなことをする女性ではないから、たかが外れたあんずの姿を見て、夏目は混乱していた。いつもは触ってと言わないと触らないの二、とおかしな悔しさが内心にじむ。
 おぼつかない片手でベルトを乱雑に外され、あれよあれよという間にチャックを下ろされる。下着越しに、そのものが固くなっているのをしっかりと確認するあんずの姿は夏目の羞恥をますます煽った。
 恋人としてはそこそこ長く付き合っている現状、彼女の裸を見てアホみたいに、それこそ高校生の時のように気持ちが高揚することはなくなったが、こうなると話は違う。ぼうっとした目つき、赤らんだ顔で陰部をまさぐられるこの光景は興奮を呼び起こすには十分すぎる。
 彼女を運ぶことに疲れていたこともあってか、夏目の抵抗意識は薄れつつあった。下着越しに撫でられる摩擦のせいもあってか、先端から溢れたカウパー液が下着に染みをつくった。
「なつめくん、ぬれてる~きもちいの?」
 酔っ払っているくせして恋人の反応には敏感らしい。あんずは嬉しそうににへらと笑いながら下着の中を覗き込む。
「いやもウ…誰のせいだと、思ってんノ……」
「うふふ、わたし~」
 楽しそうなあんずは夏目の下着をむりやりずり下ろし、夏目のものをあらわにする。焦らされるように服越しに遊ばれたそれは、夏目の意思とは反し、垂直にそそり立っている。
「なつめくん、ここすきれしょ」
「っ、あ…やめッ…っ、う……」
 あんずは先端から漏れ出る体液を竿に擦りつけながら、くびれた部分を優しく甘やかすように擦る。さすが長年の恋人なだけあって、いわゆるいいところ、というのは把握されている。
 予想できないあんずの行動に翻弄されて、夏目の口からは嬌声が溢れる。それを聞いてあんずは無邪気にかわいいね、なんて言っている。夏目にとってかわいいというフレーズはあまり好ましくないのだが、あんずの手のひらでもてあそばれている現状、そう言われても仕方がないと思った。それに、酔っ払いに何を言ってもそれは結局むだなのだ。
 人差し指と中指で作られた輪っかの間を通すように裏筋がしつこく刺激される。静かな廊下に水音が響いて、思わず腰をよじった。あんずは鋭く夏目の変化に気がついたのか、片手で陰茎を愛でながらもう片方の手で腰を指先でくすぐる。せっかく快楽に耐えていたのに、腰をくすぐられて不意に声が出る。
「ひっ、ん…っ、あ」
 こんなところで事に及ぶよりも早く彼女を寝かしつけなければという理性的な気持ちが、与えられる快感のせいでどうでもよくなってきた。つい自分でも求めてしまっているかのように、腰が上下する。
 そんな夏目の観念した姿に気をよくしたのか、あんずは両の手ですっぽりと夏目のものを覆い、根元から亀頭までを愛撫する。熱と血液が集中して、からだがほてる。
「あっ、子猫ちゃんッ…! いっ、……」
「ん~なつめくんでちゃうの?」。
「っ、まだ、大丈夫っ……」
 鈴口にぐりぐりと強い刺激を与えながらあんずは夏目の様子を伺う。いつもの夜とは違う、形勢逆転したこの状況に恥ずかしさと気持ちよさでおかしくなってしまいそうなのは夏目ただひとりだ。
 あんずは夏目の大丈夫の言葉に両手を陰部から離して夏目の上から下りる。下りたかと思うと今度は夏目の陰部に顔を近づけ、恍惚とした瞳のまま体液のほとばしる先端に唇を吸いつかせた。
 咥内にゆっくりと埋まっていくそれにそれほど厚くない舌と唾液が絡みつく。すべりがよくなったせいもあってか、感度が増してからだがぶるりと震える。まだ大丈夫、と夏目は自分に言い聞かせながら歯を食いしばる。
 息苦しそうに時折声を漏らしながらも、あんずは夏目のそれを奥まで咥え込んでいく。素面の時には滅多に見られない光景を目に焼きつけるようにまじまじと眺めていると、先端が喉の奥に当たった。
「んっ、ぅ……」
「ッ、……ずいぶ、ん…ほしがりさんだネ…」
 されるがままの夏目は強がりには少々弱々しい声で口角を上げる。もはやこれが精一杯だ。まだ主導権を握ることを諦めていない夏目は、あんずの髪の毛を梳かすように撫でる。裏を返せば奉仕をさせているようだ。四つん這いになって、腰部から下がくい、と上がっていて、口には出さないものの絶景だ。
 目を閉じて口いっぱいに含んでいたあんずは、頭を触られる気配に気づきちらりと夏目の方を見て、それから口を上下に、まるで精を吸いつくすかのように往復させ始める。
「あッ、あ、……は、子猫ちゃ、…ん、や、めッ…!」
「んっ、ん、む……」
「まッ、っ、あ、あッ……!」
 余裕ぶっていたのもつかの間、否定する口と反して、思わず撫でていたあんずの頭を押さえつけてしまう。それによってさらに絞り取るように陰部を吸われてしまい、夏目は悶絶する。
 追い詰めるかのように、あんずはさらに手を添え、口の動きに合わせてびくびくと不規則に動くそれを擦ってさらに刺激を加えた。
 やがて連続する愛撫に腰の動きが止まらなくなって、夏目の息は絶え絶えになる。その目にはうっすらと涙も浮かんで、口先だけではだめ、と言い続ける。
 あんずは聞こえていないのか、それとも無視しているのか、口淫を止める気配はない。時々口を離して、まるでいたずらのように肉棒に短い口づけを与えて遊ぶ。
「あッ、い…イっ、ちゃ、ひっ…!」
「うん、いいよぉ~」
 出していいと言った後にあんずはものを口に含み、先ほど同様、己の唾液でぬめるそれを上下に絞り上げ、射精をうながす。
 夏目はおかしくなってしまいそうになりながらも、このままではあんずの咥内に精を吐き出してしまうことをおそれ、力ない腕であんずの口を離させようとする。
「あッ、まっ、て…あんず、っちゃ、離しッ……!」
「んっー、らひて、いいよ」
「ら、めだって、ッい、ぅ……あ、ああッ…!」
 固く膨張したものを咥えながら喋るあんずの絶妙な舌の動きがきっかけとなって、鼻をつんざく味とにおいの広がる白濁があんずの小さな咥内に勢いよく注がれた。
 廊下に夏目の嬌声が響き、すべてを吐き出し終えて、疲れのあまり脱力して腰をおろす。あんずが口を離すと、体液がまだ付着している竿がくたりと強度の失われて外の空気にあたる。
 あんずは口の中に放出された子種をこくりと飲み干す。若気のいたりで夏目が飲ませたこともあったが、自ら飲んだことはこれが初めてで、夏目はありえないといった顔であんずを見た。
「ちょっ…! まさか飲んだワケ?!」
「ん~まだ、のこってる」
 驚く夏目の言葉を無視して、あんずはすっかり柔らかくなってしまったそれに残っている白の体液を舌で丁寧に舐めとる。
 精を出し切ったばかりで敏感なそれは本来なら触れられるのもタブーなぐらいだが、下腹部からぞわぞわとする不思議な感触、快楽のようなものに夏目の感覚は囚われてしまう。
「もっ、もういいかラ、あんず、っ…! ひ、っ……んあッ…!」
 精巣が空っぽになってしまうのではと危惧するぐらい。全体を舌で舐られ、先端をちゅう、と吸われると希釈したような、先ほどよりも薄い乳白色があんずの舌にとろりとたれた。
「きれいになったよ」
「…………はあ……君って子ハ……」
 疲れ果てた夏目は俯きため息を吐いてこの状況を嘆く。散々してやられたそれを下着の中に収め、夏目が立ち上がろうとすると、それよりも先にあんずが立ち上がってよたよたと廊下を歩き始める。
 その千鳥足は寝室へと向かう。夏目が遅れて寝室へ入ると、あんずはふたりのベッドに無造作になだれ込んでいた。服も着替えず、化粧も落とさぬまま、あんずは枕を求めてベッドの上を這う。
「子猫ちゃん、着替えないとだめだヨ……」
「いらない……」
「いらないじゃなくっテ……」
「もうねむい」
 さっきまであんなことをしておいて、今度は駄々っ子のよう。あんずはよじよじとベッドの上部まで這い登り、枕に頭を据えると、布団に潜らぬまま寝息を立て始めた。
「なんだカ、君に振り回されてばっかりだナァ……」
 彼女は今夜のことを覚えているんだろうか。朝起きて思い出すのも面白いし、覚えていないなら自分のしたことをありのまま話してやるのもきっと面白いにちがいない。
 すやすやと規則的な寝息をたて眠るあんずの耳によい夢を、と少しかすれた声で呟いた。



 カーテンの隙間から差し込む朝日の眩しさにあんずは目を覚ました。頭がぼうっとしたまま上半身を起こすと、頭が割れそうな鋭い痛みがあんずを襲う。
 記憶はあいまいだ。久しぶりに友人たちと食事をして、ガールズトークに花開いて、とにかくいつもよりお酒が進んだ。それからは……それからは?
 今ここにいる風景。間違いなく秘密の恋人と住まう一室に違いない。じわじわと冷や汗が背中に滲むが、ベッドにしっかりと収まるまでの経緯はちっとも思い出せない。
 あんずはちゃんと寝間着を着用している。顔を触ってみるが化粧が残っている気配もない。それどころかしっかり保湿までされたように顔の乾きはない。しかしひとつだけ違和感が生じた。口の中に残る苦味と妙な舌触り。
 唾液とともに口の中に残っている何かを飲み込んでみると、これに思い当たるものがひとつだけあんずの頭に浮上した。自分のものではない、体液。
 ぬくもりの残るベッドの中、上半身だけ出して右往左往していると、もぞりと隣の気配が動いた。
「……ん…あぁ、起きたんだね……」
 まだ意識がはっきりとしていないのか、あんずの恋人、逆先夏目はいつもの独特な口調もおろそかなまま呟いた。
 夏目はからだを起こさぬまま、どこか疲れたような眼であんずを見つめると、寝返りをうってナイトテーブルに置いてあった常温のミネラルウォーターを手にとり、あんずへ差し出す。
「飲んだらいいよ」
「あ、ありがとう……」
 言われるがままミネラルウォーターを受け取って何口か飲み込む。少しだけ口の中の違和感が拭えた気がした。
「口の中」
「え?」
「変な味したでショ」
 からかうような、それとほんの少しだけ怒っているようなニュアンスを含めた夏目の声色に、あんずはびくりと肩を震わせる。
 もしや自分は酔っ払って帰宅して、夏目に大変な迷惑をかけたのではないか? そもそも記憶がないのだ。その可能性は大いに有り得る。というより、ほぼ十割に近い。
「夏目くん……ごめん、その、私……」
「……記憶ハ」
「は、恥ずかしながら……あの……」
 恋人の前でこの醜態。いくら長い付き合いといえどもあんずは今すぐここから逃げ出してしまいたいほどの羞恥に襲われた。
 いま自分が着ている寝間着も、化粧が落ちていることも、すべて彼が施してくれたに違いない。あんずが事実をうっすらと察して慌てていると、夏目はゆっくりと上体を起こしてあんずの鼻をぎゅっと摘んだ。
「しばらくお酒は禁止ダヨ」
「は、はい……ごめん、なさい……」
「フフ、まあ、今回は許してあげル。でも、君が覚えてないこと、全部ボクは覚えてるからネ」
 ゆるやかな脅し。夏目はあんずの鼻から手を離し、にやりとほほ笑んでまたベッドに寝転がる。
「さテ、どこから話そうかナ」
 酔っ払いにもてあそばれてもただでは起きない。夏目の口から伝えられた昨夜の自分に、あんずはただただ顔を青くする他なかった。

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