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 暑さのあまり溶けてしまいそうなほどの夏。痛いほどの日差しが白い肌を射す。プールサイドに置かれたパラソルの下に置かれたチェアベッドでくつろぐ逆先夏目の目には水色の爽やかなプールで高校生らしかぬはしゃぎ方をする学友たちが映っていた。
 夏目は夏が嫌いだ。夏を名前に冠しているのに、なんてよく言われる。だがそんなことは関係ないのだ。本当ならクーラーのよくきいた部屋でゲームでもしていたかった。
 プールに来ているのは仕事のためだ。その仕事ももう終わって、あとは帰るだけだったのに。プールの運営者が好きに遊んで帰ってくださいなんて言うものだから、夏目はこうしてプールサイドで暇を潰している。本来の夏目ならさっさと帰っているが、かわいい後輩の春川宙が遊んで帰りたいと言うなら仕方がないというわけだ。
「夏目くんも一緒に遊ぼうよ」
「……子猫ちゃん」
 かわいい声の刺客が現れた。寝転ぶ夏目の顔を覗き込むのは同級生でプロデューサーのあんずだ。宙のおねだりに負けてプールに立ち、後悔した夏目の前に現れたオフショルダーの水着姿のあんずは、夏目にこの仕事を引き受けた得を与えた。先程までは撮影に付き添っていたため、制服姿で暑そうにしていたが、プールで遊べるときいて着替えたようだ。本人には言わないが、男のものとは違うきめ細やかで触れなくても分かる柔肌と、控えめなくぼみのへそにくびれた腰、すらりと伸びた脚が眩しい。占い師だアイドルだといえども夏目だってただの高校生、ただの十六歳だ。大人ぶっても、訳知り顔ぶっても、どうしてか彼女を前にするとクールだ、冷静だというのが崩れかける。
 あんずにばれないようにひっそりと眼福を噛みしめていると、あんずは気怠そうな夏目の手をくい、と引っ張る。しかしそんな細腕では、夏目の体は持ち上がらない。せっかくだからプールサイドで休んでいる自分なんか気にせず遊べばいいのに――それを放っておけない性格もまたいいのだが――あんずは夏目を構う。それはプロデューサーとしての責務か、同級生としての優しさか、はたまたその両方か。
「せっかくのプールなんだし、遊ぼうよ。ソラくんも楽しそうだよ」
「ボクは遠慮しておくヨ。子猫ちゃんとソラが遊んでいるところを目に焼き付けることのほうが楽しそうだシ」
「もう、そんなこと言って! 私も宙くんも夏目くんと遊びたいのに」
 ソラのおねだりでもあんずのお願いでも夏目の重たい腰は上がらない。サイドテーブルに置かれたクリームソーダに口をつけ、夏目はあんずの誘いをのらりくらりとかわす。それほどに暑いのは耐えがたい。肌が焼けたら赤くなってきっと痛いだろう。
 夏目がいつまでも動かずにいると、そう遠くない場所からあんずを呼ぶ声が聞こえる。いつまでも動かない夏目なんか放っておいて一緒に遊ぼうなんてあんずを誘っている。夏目の耳にもはっきりと聞こえた。
 あんずはというと、その声が聞こえたやいなや先ほどまで懸命に引っ張っていた夏目の手首を手放し、困った様子で夏目と後方を交互に見比べている。何を迷っているんだ、と夏目の内心は面白くなかった。彼女の優しい性格を鑑みれば、迷うことは躊躇いをみせることは想定内だ。だが自分を優先してほしいという気持ちが無意識にも沸いた。
 それが一体どういう感情なのか整理のつかない間にも、あんずは踵を返して誘いの方へ一歩、歩みを進めようとする。吸水性のいい地面に足跡が、夏目とは反対方向を向く。ほかの男に呼ばれて、そちらに行こうとするあんずに行かないでほしいという気持ちが夏目の脳内でじりじりと照りつける天日のようにくすぶる。チェアベッドに手をついて、夏目は立ち上がろうとする。
「夏目くん、私呼ばれたから……きゃっ!」
「あんずちゃん!」
 近くのプールから水がばしゃりと跳ね上がった。きらきらと光に反射した水はあんずを襲い、驚いたあんずは目をつむり、両の手で水から体を守ろうとする。そしてその拍子に足を滑らせ、バランスを崩した。体がぐらりと斜め後ろ方向に倒れ込みそうになる。夏目は何も考えぬまま、チェアベッドから起き上がり、慌ててあんずの体を後ろから抱きとめた。体全体であんずの体を受け止め、フリルから覗く華奢な二の腕を抱いた。驚きのあまり声もでないといった様子のあんずは、血相を変えた夏目の顔を見て、はっと我に返った。
「ご、ごめんね、夏目くん! ありがとう、助かったよ」
「子猫ちゃんが無事ならなによりだヨ。君もここで休んでいた方がいいんじゃなイ?」
 あんずの無事を確認し、夏目は名残惜しくなるほどの感触から体と手を引き離す。離れたのに、一瞬のうちに味わった弾力のある肌の生々しい感触が思い出される。熱くてどこもかしこも柔らかい。浅ましい自分の脳内が嫌になって、夏目は眉根を寄せた。
「だーめ。夏目くんも立ち上がったし、丁度いいね! ほら、行こう!」
「あ、ちょっと、待っテ…!」
 すぐに元気を取り戻したあんずは夏目の手を引っ張ってプールに連れて行こうと走り出す。
 暑いのは嫌いだ。この背中に焼きつく暑さは、眼の前の手を引く少女に邪な気持ちを抱いた罰なのかもしれない。夏目は仕方がないとひとり言い訳をつけて、水色に飛び込んだ。

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