審神者は自室で洗濯物を畳み終えて、顔面蒼白でその畳まれた服たちを見つめていた。
下着がひとつない。それも黒の、相当派手なやつだ。それも上はあるのだが、下がない。
他の服の間に挟まっていないか、部屋に落ちていないか、神妙な顔をしながら懸命に探した。けれども下着は姿を表さない。
一体どこにいってしまったのか、自宅ならばいつか見つかるだろうと軽い気持ちでいられるのだが、ここは違う。ここは数多の刀剣男士が暮らす本丸だ。
いたいけな少年の姿をした刀から老骨のふりをした青年の姿をした刀まで、神といえども男性と一緒に暮らしている。
そんな本丸の中で下着を落としたとなると気が気でない。笑い話で済めばいいのだが、落とした下着は気合いの入った、黒の、レースが豪華な、いわゆる勝負下着だ。
ただの総合衣料品店で売っているような三点買っても千円だとかそんな安いチープな下着ではないのだ。それがまた余計に恥ずかしい。しかも実際の勝負時にはスルーされたいわくつきだ。スルーされたその夜は実に散々だった。
あっという間に脱がされた高価な下着が、途端になんの意味もなさない布切れに思え、本題の物事にはまったく集中できず、不完全燃焼で終わった悲しき夜を思い出させる一品へと変貌してしまった悲しみは洗濯が終わった今も癒えない。
それを他者に拾われ、空笑いをされ、こんなことして頑張っているんですね、などという哀れみの瞳はなんとも避けなければならない。
しかし審神者には下着を落としたところに思い当たる節はない。なにせ服からベッドのシーツからなにからなにまで大量に抱えて自室に運んだのだ。下着ひとつ程度の重さが変わったことに気づくはずがない。
仕方がない。恥を忍んで進んできた廊下を捜索してみよう。失意のまま審神者が部屋を出ると、ごつん、とそのまま柔らかい、だけれどしっかりとしたなにかに衝突した。
「っ、いたっ…!」
「おや、そんなに急いでどこへ行くというんだい?」
「あ、青江……」
顔を上げると、相変わらずのほほ笑みを浮かべたにっかり青江が審神者を見下ろしていた。
なにか用事があって来たのだろうか。しかし審神者はそれどころではない。ないがしろにされた寂しい下着を手にすべく、審神者は誰よりも早く下着の元へたどり着かなければならない。
どうでもいいことだが、審神者の頭の中を占拠してならないその黒い下着をさっそうとスルーしたのは他でもないこの眼の前の青江であり、なんの因果かと意味もなく腹が立った。
「ごめん、ちょっと私急いでてて……」
「ふふ、君の捜し物はこれかな?」
にんまりと笑った青江のジャージのポケットから出てきたのは審神者が探していた黒の下着だった。
短い悲鳴を上げて、審神者は目の色を白黒させながらすぐさまその下着を奪取した。なんだか少し温かい。ポケットに入っていたからだろうか。
だがそんなことはどうでもよい。見つけたのが青江というのが幸か不幸か分からないが、審神者にとって最良のエンディングでなかったことは確かだ。
青江は審神者の恋人であるが、この下着をスルーした最大の敵でもあるので、ある意味バッドエンドでもある。
「え、えーっと……どこで、これを…………」
「ああ、僕の洗濯物の中に混ざっていたんだよ。……君にこんな派手な趣味があったんだねえ」
青江の洗濯物の中に混ざっていたのなら他の刀剣に見られた可能性は低いだろう。そう焦ることはない。しかしこれで審神者の気持ちは静まってはいない。それどころか、怒りのこもった感情がふつふつと沸いてきた。
問題は青江の言い放ったこんな派手な趣味があったんだ、という言葉である。審神者は一度この下着を青江にお披露目したことがある。ほんの少しの勇気を持って臨んだ。
それなのにまるで一度も見たことがないような口ぶりでこの下着に対しての感想を言ってのけた恋人がとても気に入らない。
むしゃくしゃしたので、このまま青江に真意を問いただして見ようと審神者は受け取った下着を広げてみて青江の言葉に答える。
「青江はこういうの好きじゃない?」
「…………え」
「青江がどういう下着好きか分からなくて、こういうのも買ってみたんだけど。この間これ着てた時はスルーされちゃったし」
思えば青江に下着に関して言及されたことはない。なにか感想を言ってほしいというわけではないのだが、行為中無口な青江はどういう好みなのかまったく計り知れないのだ。
床にいる時に限り、青江は例の特徴的な言い回しをしてこない。もう床を共にするようになってからしばらく経つから、きっと閨では無口な性質なのだろう。
審神者がいじけたように何気にこの前着けていたことを匂わせてみると、青江はなにも言わずに顔を背ける。
この際だからなにも答えが得られないのは避けたい。興味があるのかないのかだけでも知りたい。審神者は責め立てるような視線を青江に向けた。
「それは、すまなかったね」
「……別にいいよ。ちょっと寂しかったけど」
女のちょっとはちょっとではないのだが、恋人に免じてそれは許すことにした。
「…………僕は、どんな君も好きだよ」
絞ったような小さな声でぼそりとそういった青江の顔はうっすらと赤色に染まっていた。
珍しいものをみているような気持ちになって、審神者はぼうっと青江の顔を見つめる。こんなはずじゃなかった。青江の紅潮した顔が、そう言っているように聞こえた。
それがなんともかわいく思えて正面からぎゅう、と抱きしめて背中をまるで慰めるように撫でる。拒否されない辺り、まんざでもないのかもしれない。
「今度はちゃんと見てね」
そう耳元で囁くとびくりと肩が震え、甘い声を噛み潰したような苦い声が聞こえて、ぐらりと体が傾いた。
畳に向き合うようなうつ伏せになってしまい、起き上がろうとしても青江が伸し掛かっていることに気がつく。抜け出そうとほふく前進を実行したが、手首をがっしりと掴まれ、脚の間に青江の脚が挟まって、動かせない。
ちらりと後ろを見ると、欲に熟れた金色の瞳と目が合った。彼の欲を掻き立ててしまったのは自分かもしれないと気がついたときにはもう遅く、外耳を噛まれて、艶っぽい声を脳内に注がれる。
「じゃあ……今ちゃんと見てあげるよ」
蛇のように絡みついてくる彼から、きっともう逃れられない。
審神者は甘んじて彼を受け入れ、今日の下着はなんだったかと頭を巡らせた――。
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