※打刀男士と言っていますが諸事情により長曽袮さんがいません。
「主ーどこ行ったのー?」
「あーるじー」
加州清光と大和守安定は廊下を歩きながら己の主である審神者を探す。
内番が終わってその報告をしたかったのだが、いっこうに審神者の姿が見当たらない。
いつもどこかに行く際はだれかに必ず声をかけてくれるのだが、他の刀剣たちに聞いても主を見たというものはいない。
自分たちの部屋とは離れた場所にある審神者の部屋に辿り着いた清光と安定は部屋の障子を勢いよくあける。
だが部屋はもぬけの殻で、お目当ての審神者の姿はない。
「どこ行ったんだろう」
「しょうがないひとだな……ん? なんだこれ」
清光が視線をおとした先には、はなやかな衣装を身にまとった女性の写った雑誌が雑多に置かれていた。
畳の上に投げ出されているそれを手にとり、ぱらぱらとめくると特別な衣装に身を包んだ女性の写真がいくつも掲載されている。
写真に写る女性はどれもこれも嬉しそうにほほ笑んでいて、雑誌の表紙を見ると「最新の花嫁衣装」と書かれていた。
つまりこれは結婚する時に着る衣装の雑誌だということが、清光たちにもすぐわかった。
雑誌を食い入るように見る清光とは対照的に、安定は大して興味もなさそうに雑誌を遠目から覗き込む。
雑誌では純白のフリルとレースがたくさんほどこされた洋装と、高級感ただよう白妙の布地に細やかな刺繍がほどこされた和装が交互に紹介されている。
「うわー現代の女の人ってこんな服で祝言あげるんだ。可愛いじゃん」
自身も可愛くありたい清光はほれぼれとしながら洋装を眺める。もちろん、自分が着たいというわけではないのだが。
花嫁衣装は女性が着るもの。となると自然にこの本丸の主が花嫁衣装に身を包んでいる姿が想像できる。
「これ主に似合うだろうなあ……」
清光が指さしたものは、肩と鎖骨の部分がぱっくりと開いていて、ドレス全体にリボンと薔薇があしらわれている。
腰の下からふんわりと広がっている布とレースがとくに目をひく。可愛さを重視したドレスには快活な印象もある。
派手過ぎず、健康的に可愛らしい。なんとも清光らしいチョイスである。
ドレスを見ながら顔を緩ませる清光に安定は冷めた視線を送る。
「日本人らしくないよ、そんなの」
清光の選んだ洋装を一刀両断する一言である。
ずばり言い切られて唖然としている清光から安定は雑誌を横取りし、ばらばらと雑誌をめくる。
そうしてあるページに辿り着き、悩む様子もなく和装を指さす。
金色と藍色を基調に花々の刺繍がほどこされた色打掛は可憐でありつつも、絢爛という言葉が非常に似合う。
安定らしい、顔に似合わず大胆な選択である。
「えー和装はいつも着てるじゃん」
「日本人は黙って和装」
自身の服もどこか西洋風な清光と、常に和装を着こなす安定の意見は真っ向から対立する。
最初は興味がなさそうだった安定も、自分の意見を譲る気はないらしい。
ぐうぜん見つけた雑誌で一触即発というところで、ふたりの視界がふっと暗くなる。
「おやおや、加州殿、大和守殿。主のお部屋で一体なにを?」
甲高い声にふたりが顔をあげると、あいも変わらず無表情な鳴狐が立っていた。
話しかけてきたのは彼の首に巻きついているお供の狐だったようで、本人は顔色ひとつ変えず首をかしげている。
自分の意見に味方をつけたい清光と安定は、鳴狐を無理やりその場に座らせて雑誌を見せる。
「主に着せるならどっちがいい?!」
清光と安定に意見を迫られても鳴狐は動じない。
無言のまま鳴狐はページをめくって、すこし目を見開いてそのページをふたりに見せる。
鳴狐が指さしたのは波のようなレースが特徴的な、全体的にスレンダーな形のドレスであった。
清光の選んだものと同様、肩と胸元が大胆に開いているが、薄いレースでできたボレロを身にまとっているため、肌の露出は控えめだ。
可愛らしさは控えめで、上品で清楚な印象が強いドレスは鳴狐の好みがどことなく伺える。
「ほーらー! 洋装のほうがあるじには似合うって!」
「主は……洋装のほうがいい……」
「主殿は洋装のほうがスタイルの良さが出てお似合いでしょう!」
めずらしく鳴狐本体が口をひらいた後に、お供の狐が補足する。
同意見の者が増えたことで清光は安定に勝ち誇ったような顔をした。
鳴狐の答えがまったくおもしろくない安定は口をへの字に曲げて眉間にしわを寄せる。
「絶対和装のほうがいいに決まってる……」
「おー? おんしら、なにをしちゅうんじゃ?」
「あいつは……いないのか……?」
「あ、陸奥守、国広」
またもや審神者の部屋に刀剣が現れた。今度は陸奥守吉行と山姥切国広である。
国広のほうは清光たちとおなじく審神者を探していたようだが、いないとわかって立ち去ろうとする。
がしかし、安定は彼が被っている布を引っ張り立ち止まらせる。
そして、勝負事でもないのにムキになった顔つきで雑誌を陸奥守と国広の眼前に突き出す。
「主に着せるなら和装洋装どっち?!」
陸奥守と国広は顔を見合わせ、互いにわけがわからないといったような顔のまま雑誌を受け取る。
「うーん、わしはこれかのう」
陸奥守はいつもと同じような軽い調子で大して悩まず指をさした。
赤色の布地には白菊と鶴が描かれており、派手ではないが目をひく色合いの打掛を選ぶ。
陸奥守が選んだわりには落ち着いた柄で、貞淑さを重視したようにも思える。
「やっぱり和装だよね!」
「新しい文化もええが大和魂は忘れちゃいかんぜよ」
安定は和装を選んだ陸奥守に嬉しそうに同調する。
そうなると次は清光が悔しがって、国広に選ぶようにうながす。
安定と清光はよくささいなことで揉める。この、主に着せるなら洋装か和装かもそうだ。
とにかく自分が優位に立たねば気が済まないふたりは、国広の答えに期待を寄せる。
自分がどちらを選ぶか注目されている国広はというと、何ページかめくってぴんとくるものがあったのか、すっと布から指を出して雑誌を指す。
「よくわからないが……こちらのほうが華やかなんじゃないのか」
国広がよくわからないと言いながら選んだものは過度にレースやフリルのついていない至ってシンプルなドレスであった。
胸元や背中は美しい刺繍で透けて肌が見えるようになっており、地味でも下品でもない。
ドレスは適度にボリュームがあり、腰には大きなリボンがつけられている。
そして、頭にはとても長い、花冠つきのベールがのせられている。もしかすると国広はこれを決め手にしたのかもしれない。
「おっしゃ、これで三対二!」
「貴様ら、主の部屋でなにをしている!」
清光が洋装多数に喜んでいると、背後からぴしゃりと叱責の声が聞こえてくる。
おそるおそる後ろを振り返ると、鬼気迫る表情をしたへし切長谷部が書類を抱えて立っていた。
たしかに本人の不在の部屋に複数人が居座っているのは変な光景である。長谷部が怒るのも無理はない。
「まったく……声がうるさいですよ。おや、主はいらっしゃらないのですか」
苛立っている長谷部の背後から、すました顔の宗三左文字が顔を出す。
どうやらふたりとも審神者を探してこの部屋に来たらしい。
長谷部は厳しい剣幕のまま、花嫁衣装の雑誌を取り上げ、顔をしかめる。
「しかも主の書物を勝手に漁って……貴様ら……!」
「あっ、長谷部と宗三にも聞こうよ」
「主に着せるなら洋装和装どっちがいい!」
長谷部が怒っているのにも関わらず、安定と清光はそれを無視して問いかける。
主に花嫁衣装を着せるなら、という問いに長谷部は慌てふためくが、宗三は長谷部から雑誌を横取りし、案外まじめに読み込む。
「僕はこれですかね」
白と桃色が基調となった色打掛には草花と枝垂れ桜のなかに小鳥があしらわれている。
特徴的なのは控えめな着物よりも、耳元に咲いているようにみえる花飾りだ。淡紅梅色の花々が一気に華やかな印象をもたせる。
「へえー和装派なんだ。でもこれはちょっと可愛いかも……」
清光は和装派が増えたことに口をとがらせる。
しかし宗三が選んだ色打掛は気に入ったようで、まじまじとその写真を見つめる。
「洋装なんて下品ですよ。女性は奥ゆかしくあるべきです。とくにあの人の場合は」
服装ぐらい奥ゆかしくしてほしいと、何気に毒をふりまく宗三は口を隠しながらほほ笑んでみせる。
それから、長谷部に雑誌を明け渡し、貴方はどれを主に着せたいのですか、と煽ってみせる。
先ほどまで怒っていた長谷部も主に着せる花嫁衣装を選ぶとなると空想なのにおろおろとし始める。眉間のしわはとれて眉が下がっている。
主のこととなるとめっぽう弱いのが長谷部である。それがたとえ空想だとしてもだ。
「主には洋装が似合いだ、と思う」
長谷部は空想なのに恥ずかしそうに一枚の写真を指さす。
首周りからデコルテ、二の腕の部分は総レースで覆われており、腰回りはしっかりしまってくびれがわかりやすい。いわゆるマーメイドラインだ。
禁忌的なほどに肌の露出を許さないドレスは高貴な雰囲気を漂わせる。
さらに淑やかな印象を与えるマリアベールは切支丹の主を持っていた長谷部らしい選択だ。
「ちゃんと選んでんじゃん長谷部ー!」
「う、うるさい!」
清光に茶化されて長谷部はすっかり手に持っていた書類も畳において話の輪の中に入ってしまっている。
今のところ洋装が好みの刀剣のほうが多く、最初に和装を選んだ安定は負けたくないのか部屋から顔を出して他の刀剣たちを探す。
「あっ、歌仙、蜂須賀。こっちきてよ」
「主の部屋でなにをしているんだ君たちは……」
輪の中を覗いて審神者の近侍である歌仙兼定は呆れたような表情を浮かべる。
「いや、最初は主を探しに来たんだけどさ」
「主ならいま倉にいるよ」
清光が当初の目的を伝えると、蜂須賀虎徹があっさりと主の居場所を答える。
どうやらふたりは主の仕事を手伝っていたようで、ここに来たのも持ってきてほしいものがあると頼まれてのことだった。
しかし清光と安定はそんなことお構いなしでふたりを座らせ、打刀だらけの輪のなかに加わらせる。
「ここの打刀は全部で九口……これですべてが決まる!」
清光は今までと同様に花嫁衣装の雑誌を二人の前に差し出す。
この本丸の打刀が全員揃い、奇数となった。奇数ということはどちらかの意見に票が偏るということである。
「この本は……」
「ふたりとも、選んでよ。主に着せるなら、どれがいいのか」
「ああ、そういうことをしていたのか」
一体全体なぜ打刀がここに沢山集っているのかを納得した蜂須賀は手渡された雑誌を歌仙にさっさと渡す。
渡された歌仙はいまだ呆れた顔で雑誌を畳の上に置いてため息を吐く。
「僕はここに用事があってきたのだけれど」
「いいからほら恥ずかしがらずに選べって!」
「そうじゃ、そうじゃー。おんしが一番主の姿には興味あるじゃろ!」
「……恥ずかしがっているわけじゃないし興味もない!」
選びたがらない歌仙に、清光はぐいぐい雑誌を押し当て、陸奥守は歌仙の態度を茶化す。
歌仙は審神者の近侍であるが、審神者とはいつも言い争いばかりしている。
なので本人がいないところでも審神者には素直ではない。
「選べばいいじゃないか。ただのお遊びだろう?」
蜂須賀が促すと、ムキになって拒否するのも変だと思ったのか、仕方なしに歌仙は雑誌を受け取る。
そうして無言であるページをひらき、指をさす。
縮緬地の白無垢には白銀の糸で花車が刺繍されている。裏地の朱が差し色になっていてとても美しい。
頭はこれも裏地が朱の綿帽子で、伝統的な衣装は、いかにも花嫁という言葉が似合う。歌仙がわりと本気で選んだことがわかる。
「これで同数だね。蜂須賀はどっちがいい?」
「もちろん洋装だよな!」
「んー……俺はべつにどちらでもいいんだけど」
ここにきて間を選ぶ蜂須賀に、清光と安定はブーイングを始める。
「どっちか選べって!」
「主はなにを着ても可愛いだろう」
あっさりとそう言い切る蜂須賀に確かに、と清光は黙ってしまう。
蜂須賀は話を終わらせるために雑誌を閉じる。
しかし、憶測にすぎない一言がこの場を凍りつかせる。
「それにしたって、主殿はなんぜこんな書物を? 祝言の予定でもあるのでしょうか?」
鳴狐のお供がふと疑問を提唱する。
言い争う声がぴたりと止み、一斉に視線が雑誌へと注がれる。
未婚女性の部屋に花嫁衣装の雑誌があることはたしかに不思議であるし、祝言をあげる疑惑をもたれてもおかしくはない。
男の影のない審神者に祝言という言葉。刀剣たちは一気に騒ぎ始める。
「待って、やだやだ! 主は俺のお嫁さんになるの!」
「主が……結婚、だと……?!」
事の発端である清光は取り乱し、長谷部は動揺して頭を抱えている。
このふたりは審神者をよく敬愛している。結婚するということは審神者の仕事を辞めてしまう可能性が高い。
つまりいまの審神者が主ではなくなってしまうということだ。
ちゃっかり嫁にしたい発言をしている清光を横に、安定は至って冷静である。
「あの人が奥さんか……ぜんぜん想像できない」
「ほぉー物好きもいるもんじゃのう」
「どうしてあのふたりはうなだれているんだ……めでたいことじゃないのか?」
審神者は女性であるにも関わらず非常にがさつで淑やかなところがない。
安定と陸奥守が言うことは最もだったが、審神者本人が聞いたら激怒することは間違いないだろう。
国広はうなだれている清光と長谷部が理解できない様子できょろきょろと辺りを見渡す。
「まっことめでたいことですね! 鳴狐も喜んでいます!」
「どうせすぐ離縁されて戻ってくるでしょう……主が鳥かごのなかに収まっていられるとは到底思えません」
問題の発言をしたお供の狐は鳴狐の感情を代弁する。本人はただ無表情に頷くだけだ。
宗三は結婚を鳥かごに例え、その窮屈さに審神者はすぐ戻ってくるだろうと貶しつつわりと楽観視している。
慌てふためく者、審神者が祝言をあげるという仮定の話をあっさり信じこんでめでたがっている者、その間にはさまれて蜂須賀は慌てる。
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 歌仙、君からも……」
ふと、横に座って黙っている歌仙をみると、俯いてなにかぶつぶつと呟いている。
あきらかに様子がおかしい歌仙の顔を、蜂須賀は覗きこむ。
「…………歌仙?」
「ああ……すまない、考え事をしていてね。…………相手の首をどう刎ねようかと」
静かな声で物騒なことを言い放つ歌仙の肩を蜂須賀は揺さぶる。
感情が荒ぶるわけでなく、あくまで冷静にとんでもないことを言ってのける性格のほうが明らかにたちが悪い。
「いつもの君らしくないぞ歌仙……」
「僕は至ってまともだよ。まともでないのは主のほうだ。まったく僕というものがありながら……愚かなひとだ」
「ちょっとー蜂須賀ー、歌仙ー! いつまで戻ってこない気で、って……あんたたち何してんの」
「主!」
自分の部屋でやかましく騒いでいる刀剣たちを見下ろし、審神者は首をかしげる。
主の姿を見た途端、清光は審神者のからだにすがりつく。いまにも泣きそうである。
「主―! 結婚しないよね、ね?! 俺と一緒にいるよね?」
「えっ、主どこか行っちゃうの……? それはだめだよ」
「どこかに行ってもすぐ戻ってきそうですけどね、貴方は」
「は、なんの話……?」
涙声の清光と、清光の言った一言で審神者がどこかに行ってしまうと思った安定はあくまでも静かにそれを拒否する。
理解がまったく追いつかない審神者は部屋にいる刀剣たちを見渡すが、みな色々な表情をしていてなんのことやら話が読めない。
とりあえず泣きそうな加州の頭を撫でていると、長谷部が審神者の前で跪く。
「主……それが主の幸福とあらば……俺は……俺は……!」
「おんしら、めでたいことなんじゃからもっと祝わんか!」
「みんな……主が困ってる……」
「まあ、こういう時はなんだ……おめでとうと言えばいいのか……」
祝われることなどしていないのに、なぜお祝いムードになっているのか審神者はさらに頭がこんがらがる。
冷静に話ができそうな蜂須賀に視線を合わせると、なんでこんなことになっているんだとアイコンタクトをとる。
蜂須賀は無言で花嫁衣装の雑誌に視線を移して、これのせいだと審神者に伝える。
「あのねみんな……わたし結婚なんてしないから!」
審神者の怒号に、ぴたりと声が止み、一斉に審神者に視線が集中する。
そして投げ出されている雑誌を拾い上げ、あるページをめくる。
「はい、よく見て。これは誰でしょうか」
「…………え、主?」
「はい、清光正解。友人に頼まれて花嫁衣装のモデルしたの。で、これは完成品。わかった? ほーらみんな解散、解散!」
審神者は自室に居座る刀たちをさっさと出ていかせて、はあ、とため息をつく。
うかつにこんなものを置いていた自分が悪いのかもしれないが、まさか雑誌ひとつでそんな騒がれるとは思わなかったのだ。
みなが出て行った後にひとり、歌仙が黙りこくったまま部屋から出ていこうとしない。審神者は彼に近寄り、下から顔を覗き込む。
「歌仙、どうしたの……?」
「…………なんでもないよ」
審神者の横をすり抜けて、歌仙はふらっと気が抜けたように部屋を出て行く。神隠しをしてしまおうと血迷ったことは、その胸の奥に秘めて。
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