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 自分の恋人は時折突拍子もないことを言い出す。なんでもない今日も、彼の一言で日常ががらりと変わる。
「ひ、膝を貸してほしい……?」
「ああ」
 やけに真面目な顔と声音で、歌仙兼定はわたしの問いにそう答えた。たしかに昼下がりの今はお昼寝をするのにはちょうどよい時間帯だが、わたしは仕事中だ。わたしが仕事中であるということは、近侍である歌仙も勿論わたしの手伝いをしてくれている。それなのに、急に膝を貸してほしいとはどういう思惑なのだろうか。
 恋人だから別に膝を貸すのは構わない。むしろ嬉しいし、思う存分わたしの膝で寝てほしいとすら思う。恋仲のわたしにですら甘えたは発揮しないから、そんな申し出はいくらでも聞いてあげたいが、今は仕事中だ。昼時だから、用事があればほかの刀剣たちもわたしの仕事部屋に出入りをする。歌仙とも勿論、今は主と近侍という関係だ。恋仲の時間帯ではない。
 歌仙とわたしが恋人として過ごす時間は一日の中でも限られている。近侍としての、審神者としての仕事を終えた夜から、ふたりが眠りにつくまで。そんな短い時間でしか愛を育むことは出来ない。
 たしかにわたしも昼間、歌仙に恋人としての歌仙兼定を求めてしまうことはたまにある。だけど彼は落ち着いた顔でわたしの欲求をつっぱねて、涼しい顔で「今は仕事中だろう」とわたしを諌める。そんな歌仙が、仕事中の真っ昼間に膝を貸してほしいとは何事だろうか。
「夜じゃ、だめなのかな」
「今がいい。……だめかい」
 物欲しそうな眼差しで歌仙はわたしの膝を要求する。そんなまじまじと見つめられては逆らえないではないか。それに、歌仙は言い出したら引かない性格だ。わたしもどちらかといえばきかない性格だから、何度も意見が衝突して喧嘩をしたこともあった。だが、こんな膝を貸す貸さないでさすがに揉め事は起こしたくはない。そんなことで喧嘩をしたと他の刀剣たちに知られてしまえば笑いの種にされるにちがいない。
 一応考える素振りをして、腕を組み、わたしが唸り続けている間も歌仙はわたしの膝から目を離さない。今までそんなこと一度も言ったことがないのに。急にどうしてしまったのだろう。
 歌仙は恋人であるわたしを散々甘やかしてくれるが、自分が甘えるということには抵抗感があるらしく、頭をすこし撫でるだけでも口をへの字に曲げて心地の悪いような顔をする。そんな歌仙が、膝を貸してほしいとは。もしやなにか意味を間違って使っているのではないのだろうか。
「一応聞くけど……わたしの膝を枕にして寝たいってことだよね?」
「ああ、そうだよ。それ以外になにがあるんだい」
 どうやらわたしと歌仙の間に齟齬はないようだ。部屋の外の音に耳を澄ますと、ちょうど洗濯物を干しているのか、短刀たちがお手伝いをしている声が聞こえる。なんてほほ笑ましいのだろう。
 しかし近くにいるということは誰かが部屋に入ってくる可能性はなきにしもあらず。聞き分けのいい子ならわたしたちに気を使ってくれるだろうが、かくれんぼの隠れ家として突入されたりしたら最悪である。わたしは見られてもそれほど構わないのだが、歌仙はきっと顔を真っ赤にして恥ずかしがるだろう。そんなリスクを背負ってまで歌仙が膝枕を求める理由とはいかに。
「んー……いいけど、他の刀剣たちに見られてもわたしは知らないからね」
 あとでへそを曲げられても困るので、今のうちにことわりを入れる。
「わかってるよ」
 わたしが了承すると、歌仙はわたしの太ももを枕にして寝転がると、あまり日中には見せてくれない穏やかな笑みを浮かべる。そんな顔をされたらこちらまでにやけてしまう。膝枕をされることが初めてだからか、歌仙はすこし落ち着きなく頭の位置を調節すると、浅く息をつく。
 お腹のあたりに置いてある手にわたしの手を重ねると、なにも言わずに指を絡ませてきて、まるで離さないと言われているようだ。ずっしりとした頭の重さは、子どもではなく恋人を寝かせているのだと理解させられてすこしだけ胸がうずいた。
 ほぼ初めてとも言える歌仙の甘えたがなんだか気恥ずかしくて、視線の落としどころがわからず、歌仙の顔を見ることができない。だからといっていつまでも落ち着くなく首を動かしているわけにもいかないので、横目で障子を見張ることにした。足音でもわかるだろうけれど、今のこの緊張した頭では外の音なんてものはあまり耳に入ってこない。
「ん……思ったより心地がいいね……」
「……どうして急に、膝枕なんて」
 満足気に呟く歌仙に理由を聞くと、すこしだけ険しい顔をして、そっぽを向いてしまう。やはり、普段甘えたがらない歌仙は理由を答えたくはないらしい。眉間にしわを寄せて口を尖らせるが、その頬はうっすらと赤い。薄紅色の頬をそっと手で触れると、もちもちとやわらかい触感がはね返ってくる。歌仙の顔はべつに肉がついているというわけではないのだが、肌はすべすべで柔らかい。思わずつまみたくなってしまうが、流石に今は堪える。
「短刀たちが、君に膝枕をしてもらったと」
「うん?」
 たしかに短刀たちにはよく膝枕をする。夜戦を終えて、寝不足になっている短刀たちなんかはよくわたしの膝を借りにくる。自慢にはならないだろうが、短刀たちは百発百中眠りにおちる。
「……君の膝がそんなに心地よいものだと、僕は知らなかったから……おもしろくなかったんだ」
 きゅっ、と手を強く握られる。まさかそんな理由で膝を借りにきたとは思わず、面白いやら恥ずかしいやらで色んな感情が入り混じったにやけ顔が抑えられない。つまり歌仙は自分よりも短刀たちがわたしを知っていることが面白くなかったのだ。本当は夜まで我慢しようと思ったんだけど口からつい出てしまった、と歌仙は顔をますます赤らめながら言い訳をするが、なにを言ったってもはやかわいいとしか思えない。
 恋人といえどもわたしの膝に寝転ぶその姿はまるで幼子のようだ。幼子を愛でるようにそっと頭を撫でても彼はなにも言わず、黙ってわたしに撫でられている。時折眠そうにまばたきをするから、額にそっと手を当てると、いつもより体温が高い。昼餉を食べ終わった後でもあるし、横になったら眠たくなってきたのだろうか。
「眠いなら、寝ていいよ」
「しかし……まだ仕事が……」
 昼間っから膝を貸してほしいなんて言い出しておいてまだ仕事をする意識は残っているらしい。ゆっくりと、まどろんだ瞳でまばたきをしながら歌仙はそう呟く。わたしの方はと言うと、もうそんな気持ちはどこかへ飛んでいってしまった。こんな愛しいひとの姿を見せられて、仕事なんてできる気がしない。
「わたしに甘えるのも、たまにはいいでしょ」
「ああ……たまには悪くないね……」
 素直にいいと言わないところが歌仙らしい。やがてまぶたを閉じている時間のほうが長くなって、静かな寝息が聞こえる。寝ていても指は絡めたままで、どうやら離す気はないようだ。すこしづつ、足先から痺れが始まるが、彼の心地よさそうな寝顔を見ていれば、そんなことはもはやどうでもよかった。

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