id="container">

 激しく抱いて欲しいと彼女が言った。
 正座をして、表情を隠すように俯いた彼女の姿から、それが至って真面目な発言であることはすぐに分かった、が理解はできない。
 彼女が睦事に関して口を出してきたのは初めてのことで、なぜそんな発言をするに至ったのか、原因はまったく思い浮かばない。
 彼女の様子から理由を探ろうと、彼女を見つめていると、ふっと僕の顔色を伺う彼女が顔を上げて、目が合った。すぐに視線を逸らされてしまった彼女の瞳は不安を孕んでいて、潤んでいた気がした。
 なにをそんなに不安に思うことがあるのだろうか。自分はまったくもって清廉潔白で、彼女を心配させるような種は余所に撒いてなどいないのに。なにが彼女の眼をそんな風にさせてしまったのだろうか。
 湯上がりですこし湿った髪の毛、ほんのりと朱色に染まったうなじに、緩んだ浴衣の帯。思わず喉を鳴らしてしまうほどに扇情的な彼女の姿は、自分に抱いてくれと訴えている。
 こんな恋人の姿を目の前にして我慢できる男がどこにいるだろうか。自分もすっかり人間のようになってしまったと、すこし己に呆れながらも彼女の手をとり、引き寄せると、すっぽりと彼女が収まった。ちょうどよく収まった彼女の頭をゆっくりと撫でていると、彼女は僕の浴衣をきつく握って、顔を見上げてきた。不安を抱えつつも物欲しげな瞳と、ぱっくりと開いた白い胸元に誘われそうになってしまう。
 初めて交わってからこの方、彼女を激しく抱いたことはない。それはやはり、我慢をしていたからだ。込み上げる欲に身を任せて彼女を抱きたい夜だってある。昂った体を鎮めるために彼女の体に縋りたい夜もある。だが彼女が嫌がったり、泣いてしまうような真似はしたくはない。好いた女を泣かせることは、過去に様々見てきた上でやはりしてはならないと思っていたからだ。
 彼女は僕の主であるが、恋人として対等な関係を築いていた。彼女の体に無理を強いては対等ではなくなってしまう。そんなことは決してあってはならないからこそ、自分を抑えていた。それなのに、彼女はなぜ僕のなけなしの理性を吹き飛ばすようなことを言うのだろうか。彼女の口車に乗ってはいけないと差し出された恵体を見ないように目をそらすが、押しつけられた肉の感触に、体がびくりと震える。
「主……僕は君に無体を働きたくはない」
「ちがう、これはわたしのわがままだから」
「すまないがそのわがままは聞けない」
「おねがい……歌仙……」
 一度だけでいいから、と震えるか細い声が僕に訴えかけてくる。
 今夜だけは彼女のせいだと心の中で責任逃れをして、彼女の唇を貪るように噛んだ。

 唇を無理やりこじ開けると、赤い舌が優しく僕を向かい入れる。息などさせる暇を与えないぐらいに舌を絡ませれば、苦しさを訴えるように唇を塞がれたまま彼女は藻掻く。
 窒息してしまいそうなほどに、舌を吸い尽くせば唾液が口の端からこぼれ落ちる。それを舐めとり、舌先でゆっくりと顎から顔の輪郭をなぞり、耳朶にきつく噛みついた。そのまま鼻から息を吸い込めば、髪の毛から自分と同じ香りがして、下半身が熱を持ち始めた。いつもは僕とは違う洗髪剤を使っているくせに、僕の恋しいひとはずるいことをする。そんなことをされてしまっては、抑えなんてきかないじゃないか。
 耳朶から耳の裏まで丹念にしゃぶり、耳介に噛みつきながら背中に手を回すと、そこにはいつもあるものがなかった。そのまま手を横に滑らせると、障害物のない、なめらかな感触が掌に伝わる。耳から口を離して彼女の胸をまじまじ見つめると、薄い浴衣越しにぷっくりと胸の先端が強調していた。ゆるやかな曲線の中でひときわ目立つその突起は、隠れているのにも関わらず艶めかしく主張をしている。
「主……下着はどうしたんだい」
「だ、だって……」
「だってじゃない。まったく……困った子だね」
 浴衣越しのまま左の先端をきつく指で摘むと、甘い声を漏らして彼女は体を仰け反らせる。あまったるい嬌声に耳が蕩けてしまいそうになりながらも、双頭を指で弾くようにいじめ抜き、喉から鎖骨にかけて何度も何度も彼女のきめ細やかな皮膚を噛み続ける。その度白い素肌に真っ赤な花が咲いたようで、征服感がわずかながら満たされる。だが、こんなものでは足りない。
 彼女が僕のものである痕跡を、深くその身に残すため、思い知らさせるために腰帯を緩めて、浴衣を肌蹴させると、あらわになった上半身に歯形を刻んでいく。すっかり赤く熟れた乳頭には何度も噛みついたり吸いついたりを繰り返し、いつもよりも赤く腫れてしまった。いくら激しくしてくれと言われても彼女の体が心配になって顔色を伺うが、彼女は首を傾げ、歌仙の頬に手を添えてほほ笑む。
「……あの、ね。わたし、歌仙の子どもが欲しいの」
「こ、子ども……?!」
「そう。歌仙と、わたしの子どもが欲しい……」
 子どもだなんて、考えたこともなかった。それは僕が、彼女との未来に子どもの姿を想像していなかったからだ。しかし男がそうは思わなくとも、女性は自然に子どもについて考えるのだろう。今こうやって言い出すまでに過ごしてきた日々はさぞ苦しかっただろう。彼女が目に孕んでいた不安はこれだったのかと、合点がいって申し訳なくなった。
 子ども。その言葉を噛みしめると、嬉しさと気恥ずかしさで頭の中がごちゃごちゃになる。彼女に返答もしないまま自分と彼女の間にもうけた子どものことを考えて、頬から耳介までが熱を持つ。ああ、彼女は僕のことをそんなにも愛してくれているのか。嬉しくて仕方がなかった。
「歌仙……だめ?」
「だっ、だめなものか! ……君はさぞ悩んだだろう。つらい思いをさせてしまったね」
 ぎゅっと抱き寄せると、彼女の心音の速さがこちらにまで伝わってくる。顔色には出さないが、相当緊張していたのだろう。
「ううん、いいの……わたし、いますっごく嬉しい」
「主……」
「だからね、わたしにいっぱい注いで。……わたしが歌仙のものである証を」







 審神者の言葉が歌仙兼定のなけなしの理性を打ち崩してからは、もう互いに無我夢中であった。
 歌仙は審神者をゆっくりと布団へ寝かせると、揺らめく灯火の中で恋人の姿を眺めた。見ているだけで、彼女に対して抑えていた愛欲がとめどなく溢れる。
 上半身だけを肌蹴させ、浴衣を着せたまま歌仙はすっかり熱り立ってしまった自身のものを蜜壺に押し込む。いつもなら審神者の体をじっくりと蕩けさせてから自分のものを挿入する歌仙だが、今宵はそんな余裕などない。
 しかしすっかり蕩けきった審神者の体は歌仙の押し迫る欲望をいとも簡単に飲み込み、奥にじんわりと滲む快感に軽く息をついた。しかしこれだけでは終わるはずもない。歌仙は審神者と手を絡ませ、すこし強張った顔で審神者を見下ろす。だが審神者の顔は幸せそうで、目には涙が滲んでいた。
 なけなしの理性を空っぽにしてしまうような審神者の笑顔に、歌仙は眉根を寄せて口を開く。声は幽かに震えていた。
「あるじ、どうか後悔はしないでくれよ」
「しないよ。わたしがお願いしたんだもの、っ、ん……ああっ……!」
 審神者の言葉に安堵して、歌仙はゆっくりと審神者の膣内を突き始める。最初は浅いところで、自身の気持ちがよい部分と、知り尽くした審神者の体のよい部分をこすり合わせるように、出し入れさせると、審神者は体を縮こまらせて、きゅっと口を閉じ、嬌声を上げぬよう我慢する。
 はやくも顔を紅潮させ、繋ぐ手に力が入る審神者のことがたまらなく愛おしく、唇を重ね合わせる。半ば無理やり口をこじ開けられた形の審神者は、体を揺さぶられる度に息を漏らす。甘ったるい微かな嬌声が混じったその息遣いは、歌仙を興奮させるには十分だ。苦しそうな息遣いだけでも自分に夢中になってくれているのだと思わせてくれる。
 目の端からこぼれ落ちる涙すら愛おしく、それらもすべて舐めとってやると、審神者は恥ずかしそうにきゅっと手を握った――途端、審神者の奥深い部分へと、歌仙の立派に反り立ったものが押しこまれる。
「ああっ、や、んっ……んあ、っ……!」
 びりびりと頭の中が痺れるような快楽に、審神者は思わず絡めていた手により一層力を込めてしまう。歌仙の手の甲に爪が食い込み、審神者はよがり声を上げて歌仙を見上げる。しかし歌仙は審神者の表情を一瞥し、膝の裏を持ち、審神者の脚を思い切り持ち上げる。
 すべてが丸見えになってしまうような恥ずかしい格好に、審神者は口をぱくぱくと動かすが、自分が激しくして欲しいと言った手前、歌仙に揚げ足を取られるような発言をすることはできない。脚を持ち上げられたことで、歌仙のそのものはより深層部へと打ちつけられ、根本までしっかりと審神者と歌仙の体は密着している。
 歌仙兼定にとってはこの上ない幸せだった。真にひとつになれたような気がした。歌仙が激しく揺さぶる小さなからだは今にも壊れてしまいそうなほどだ。だが歌仙はもう止めることができない。彼女もそれを望んでいないことが分かりきっているからだ。
 もっと欲しいとねだるように、審神者の両手は歌仙の後頭部に回され、口づけをせがむ。言葉で愛を伝える代わりに唇を落とし、興奮でてらてらと輝く赤い舌を絡める。あらゆる部分から聞こえる水音が静やかな閨に響くのがまたいやらしくて、どうにかなってしまいそうだった。
 しばらくからだを揺さぶっていると、腰に熱が集まり、頭がすう、と冷えるような、ぼんやりとした感触に襲われる。彼女の膣内に子種を吐き出したい。彼女を、孕ませたい。自分のからだがそう訴えかけているのがわかった。歌仙は審神者と視線をしっかりと合わせると、小さな声でつぶやく。
「あるじ、っ……そろそろ……」
「うん、出して……! かせんの、歌仙の子どもを、わたしに……」
 唇を重ね合わせ、幸せに浸りながら歌仙は審神者の中で果てた。びくびくと伸縮する膣内に精液を搾り取られるような感触が癖になってしまいそうで、歌仙は自分に呆れて眉を下げた。
 息が整うまでしっとりと汗ばんだ肌を重ねて抱き合い、落ち着いたところで歌仙がからだを剥がそうとすると、審神者はなにやら恐れるような顔で歌仙の腕を掴む。
「やだ、離れないで……!」
「あるじ……?」
「……お願い。今日は、ずっとそばにいて。わたしから離れないで……」
 今にも泣き出しそうな審神者の顔に、歌仙は違和感すら覚える。自分は今までずっと彼女の傍らに居たのだから、そんなお願いをする必要など今更ない。やや情緒不安定気味な彼女を宥めるように、歌仙は短い口づけを彼女の額や瞼に落とす。それでも彼女の顔は変わらず不安に顔を歪ませている。
「僕はいままでもこれからもずっと君のものだ。なにをそんなに不安がっているんだい……?」
「かせん、あなたの証が、もっと欲しいの……じゃないと、不安なの……」
「っ……ふ、……君はいつからそんなひとになったんだい」
 好きなひとに求められて嬉しくないはずがない。一旦精を吐き出して鎮まった歌仙の逸物はふたたび固さを増していく。そうすると審神者はまたほほ笑んで、甘えるような猫なで声で歌仙のことを呼んだ。歌仙としては、それに応えないわけにはいかなかった。
 一度も物を引き抜くことなく、歌仙は審神者の腹に子種を注ぎ続け、三度目かという頃にはお互いに疲れ果て、言葉を交わすことすらせず口づけをして、互いの熱を感じていた。歌仙は審神者の不安を鎮めるように、彼女をその両腕に抱いたままゆっくりと瞼を閉じ、意識を手放した。最後にみた彼女の顔は、ほほ笑んでいるような気がした――。





 朝焼けがひどくきれいな時間、肌寒くなって歌仙が目を覚ますと、隣で寝ていたはずの彼女の姿がないことに真っ先に気がついた。毎日の起床時刻よりも早く目覚めた歌仙は辺りを見回し、彼女の姿を探すが、狭い部屋の中に彼女の姿はない。あんなにも愛しあった彼女が、朝になればいなくなっているとは一体どういうことだろう。離れないで、とあんなにもせがんだ彼女が、いない。
 本能が、なにかおかしいと告げていた。彼女が起床する時間にはあまりにも早過ぎるし、自身の腕の中で寝ていた彼女が抜け出せばいくら熟睡していたとしても分かるはずだ。頭からさあ、と血の気が引き、布団から起き上がる。寝衣を整え、乱れた髪もそのままだ。からだには彼女の香りが残っている。愛しあった、ただひとり大切な彼女の香りが。
 取り乱しながらも文机の上に置いてあった手燭に火を灯すと、なにやら見に覚えのない、小さく折りたたまれた紙が目に入る。ゆらゆらと火に照らされながらその紙を広げ、必死に文字を追った。
「どう、して…………」
 突きつけられた現実はあまりにも残酷だった。小さく折りたたまれた手紙には彼女の真の名と、今生の別れを告げる言葉が綴られていた。
 彼女と子を育み、いつまでも仲睦まじく幸せに過ごすはずだった。それなのに、幸せは泡沫のようにはかなく消えてしまったのだ。
 ありがとう、と謝辞で締めくくられた手紙を握りしめ、歌仙は文机に突っ伏し、嗚咽を漏らす。――牡丹の花が崩れる、晩夏の話だった。

PAGE TOP