そろそろ年末が近づくという頃、審神者は長期休暇をとって現世へ帰郷することになった。政府に雇われの身、数多の刀剣男士たちとひとつ屋根の下暮らしている審神者が長期休暇をとれるのは珍しく、これを逃せば現世に戻ってゆっくりできるのは何年後になってしまうか分からない。本丸で一緒に暮らしている刀剣たちにはすこし迷惑をかけるかもしれないが、審神者は一週間本丸を空けることを決めた。
それをまず最初に伝えたのは近侍の歌仙兼定にだった。審神者の恋人でもある彼は瞳をわずかに見開いただけで、大した反応を示さなかった。「そうかい」の一言で済まされ、特に審神者もそれ以上なにかを言うことはなかった。
別に子どもでもあるまいし、たかが一週間不在にすることで寂しがったり駄々をこねるようなことはないとは思っていたが、あまりにもそっけない反応で審神者はすこしだけ寂しさを覚えた。
だが彼に自分と同じ気持ちを抱かせることは望んでいない。ただ毎日一緒に居て、毎日顔を合わせて言葉を交わして……そうやっていると一週間という時間はきっと長いだろう。現世に帰るのが楽しみでもあるが、寂しくもある。
帰郷に対して複雑な思いを抱えながら数日かけて荷造りをしていると、日頃から甘えん坊な刀剣たちは出発する前からいつ帰ってくるんだと聞いてきたり、寂しいと正直に訴えかけてきたり、また特に寂しがりやではない刀剣や現世に興味のある刀剣たちにはあれがほしいだのこれがほしいだのとお土産を要求され、帰りの荷物が大変なことになりそうだと先が思いやられた。
そんな中で、いつも口うるさいはずの歌仙兼定が荷造りに対しても居ない間の本丸運営に対してもなにも口出ししてこないのだ。口うるさければうるさいと苛立ち時折衝突もするのだが、なければないでなにか物足りない。虚無感とでもいえばいいのか、それほど歌仙兼定にとって自分が本丸を一週間空けることは大したことではないと思われているような気がして、審神者は独りよがりな自分の思いが嫌になってため息を吐いた。
旅行かばんに着替えをしまいながら、傍らで本に視線を落とす歌仙兼定をちらりと横目で眺める。いつもと変わらぬ横顔、すこしだけ尖らせた唇、彼の指先に捲られる頁が羨ましい。本を読んでいる最中に話しかけたり体を触ったりすると彼はとても怒る。いわば本を読んでいるのは自分に構うなという彼のポーズでもあった。そんなふうにされては審神者も話しかけることができない。結局前日も満足に話すことが出来ず、寂しい朝を迎えた。
出発の朝、見送りに出てきてくれる刀剣たちの中にも、歌仙の姿はなかった。もうすこし待てば出てくるかもしれないと時間のぎりぎりまで彼を待ったが、結局彼は姿を見せなかった。最後にひと目、彼の姿を見たかった。たった一週間なのにこんなにも名残惜しいものなのか。自分はまだまだ子どもなのかもしれないと内心自嘲して、晴れぬ思いのまま審神者は本丸を旅立った。
朝から主の見送りをした後、当本丸一振り目の刀である蜂須賀虎徹は近侍の部屋を訪れていた。初めの頃は自分も使用していた近侍部屋も今では別の刀剣の部屋だ。部屋に入る前に一声かけて、障子戸を開けると、文机に向かって筆を持ったままうわの空でぼうっとしている歌仙兼定が居た。蜂須賀は歌仙の斜め後ろに腰をおろすと、至っておだやかな声で歌仙を諭すように声をかける。
「よかったのかい、主を見送らなくて」
話題はもちろん歌仙の恋人でもある主のことだ。審神者が寂しそうな顔で本丸を出ていったことを蜂須賀は知っている。そしてその原因は他ならぬ歌仙だとふんでいる。別にどちらが悪いだとかいいだとか言うつもりはないが、審神者が帰ってきた時に妙な空気感だとか、ふたりの間に軋轢が生まれてしまっては本丸のことを考えた上でもとても困る。
話しかけられた歌仙はぼんやりとした顔のまま筆を置き、息をつまらせながら返事をする。
「……情けない話だが、一度でも別れの言葉を言い、見送るのが怖い。彼女が、ここに帰ってこなかったらと思うと、引き止めてしまいそうになる。……いつもは自分が戦場に見送られているのに、おかしな話だ」
どうも互いの気持ちが合致しないつがいだと蜂須賀は少々呆れてしまう。歌仙には歌仙なりの理由があるのだと分かっていたが、こうも強欲で愛情深いとそれがいつの間にか己の中でもねじ曲がり、無駄な苦労をするのだろう。
普段はどんなことも単刀直入に物申し、堂々としている歌仙だが、審神者に恥ずかしい部分は見せられないという意識があるのか、自分の思考や性格の恥ずべき部分は隠そうとする。それが悪循環を招いているのだが、歌仙は自身の感情を上手に隠せていると思っている。それが審神者にとって余計な不安を煽っていることには気がついていない。
「主は君の姿が見えなくて寂しがっているように思えたよ。帰ったらちゃんと誤解を解くんだよ」
「彼女が? そんなふうには見えなかったけどね……」
訝しげな顔をして、歌仙は目を細める。歌仙からすると審神者は歌仙の杞憂な気持ちも知らずに飄々と準備をして現世へ帰省していったように見えているらしい。恋仲であるはずなのになぜこうも思いが交差してしまっているのか不思議でならない。とりあえずこの一週間は歌仙を注視しておこう。蜂須賀はひっそりとそう心に決めて近侍部屋から出た。
……審神者がいない一週間、歌仙兼定の心ここにあらずを体現したかのような呆けた態度は本丸にいる刀剣たちの誰が見ても明らかであった。畑では水を出しっぱなしにするわ、厨では魚を焦がして駄目にするわ、長風呂をしすぎて逆上せるわ……とにかく普段の歌仙ならありえない失敗が目立った。
現世に帰郷中の主のことが気になって仕方がない。実家に帰るとも言っていたから、ゆっくりしているのだろう。きっと昔なじみの友人とも会って、現世を満喫しているのだろう。そう考えるとますます陰鬱な気分になって、つい考え込んでしまう。審神者が一週間経っても帰ってこなかったらどうしたものか、と。そんなことを気にするだけ無駄なはずなのに、彼女のことを信じているのに不安に駆られて仕方がない。
歌仙は常に悲観的な分けではない。しかしあまのじゃくで、彼女の帰省前にそっけない態度をとってしまったことを後悔している。自分の態度が原因で彼女がもしもこの本丸に戻ってこなかったとしたら……。考えたくもないのに考えてしまう。
一応連絡用の携帯端末があるのだが、審神者からの連絡はない。見送りもしなかったから当たり前か、と携帯端末を一瞥する。歌仙から連絡することはできない。彼女の休暇を邪魔してしまうのはいけない。苦々しい思いを抱えながら、歌仙は携帯端末を自身の文机の中にしまった。
審神者が現世に帰ってきてもう五日。久しぶりに買い物を満喫している審神者の頭の中はやはり本丸に置いてきた刀剣たちのことで埋め尽くされている。
なにを見るにしてもあれは誰それが欲しがりそうだとか、買っていけば喜ぶだろうとか、やはり刀剣が中心の生活を送っていると常に彼らのことを考えてしまう。とは言っても一振りに一個ずつお土産を買って帰るとたいへんな量になってしまうので、結局は菓子や生活必需品ばかりを買っている。
様々な品に目移りする中で思い出すのは、やはり見送りにも出てこなかった恋人のことだ。今頃なにをしているだろうか。きっと審神者がいなくともいつも通り過ごしているのだろう。むしろ居ない方が気楽な思いをしているかもしれない。
自分ばかりが彼を好きでいるような気がして、面白くない気持ちもあるが、それでも彼のことが好きだ。彼にはなにか特別にお土産を買って行ってもいいだろう。
辺りを物色していると、花々の透かし彫りが施された本のしおりが目についた。本好きな彼には丁度いいかもしれない。目についた柄を早速購入し、せっかくなのでラッピングもしてもらう。
お土産を渡した時の彼の笑顔を思い浮かばせながら、審神者は帰路に着いた。きっと本丸に帰れば、彼もおかえりと言って出迎えてくれるだろう。
一週間の帰省も終わって、審神者は再び本丸へ降り立った。帰ってきたことが気配かなにかで分かったのか、一部の刀剣たちは門前まで出迎えてくれて、審神者の両手を塞ぐ荷物を運んでくれる。
そして玄関では普段審神者のことを必要以上に気にかけない刀剣たちも審神者が無事帰ってきたことを確認するかのようにわらわらとその姿を見に集まってくる。刀剣たちの姿を見て、やはり自分のいる場所はここなのだと審神者は心底安堵した。
……しかし、その中にも歌仙兼定の姿は見えなかった。いろんな刀剣が声をかけてくれる中で、審神者が愛した寛雅な声が聞こえない。もしかすると料理の仕込み中なのではと厨を見ても彼の姿はない。寂しさが胸を劈き、ここまでくるとふつふつと怒りも沸いてくる。審神者には歌仙の機嫌を損ねた記憶がないから尚更だ。
気持ちを抑え込み、審神者はいつも通り快活を装って刀剣たちへお土産を配ったり、審神者がいなかった間に起こった出来事を刀剣たちから聞かされたりして、あっという間に夜になった。その間も、歌仙と口を聞くことは一度もなかった。
夕餉と湯浴みを終えて、部屋で一週間分のメールや文書に目を通していると、障子戸の外側にぼんやりと人影が浮かぶ。影だけで分かる。歌仙兼定だ。
歌仙は一言だけ断りを入れて審神者の部屋に立ち入ると、すまし顔で仕事の話を始める。
「主、一週間の戦績報告だが……」
仕事の話も大事なのは分かっているが、帰っきてから一言も交わしていないのに、いきなりそれはないだろう。審神者の苛立ちは頂点に達し、歌仙の言葉をぴしゃりと遮る。
「それよりもさあ、先に言うことあるんじゃないの! なんでおかえりの一言も言ってくれないの?!」
感情的になってしまったと思う。だが我慢しきれなかった。歌仙兼定はこんなにも薄情だっただろうか。怒りと悲しみに声が震え、溢れそうな涙を必死に堪える。
「……君は、ちっとも寂しそうじゃないな。行く時も、帰ってきた時も」
歯切れが悪そうに歌仙はぽつりと呟く。いじけているような声色と下がった眉尻、伏せた目元がひどく寂しそうに見えた。
気を張り詰めてないような弱い声音に、審神者の怒る気も削がれてしまう。もしかすると本当に寂しくて、あんな素っ気ない態度ばかりとられていたのではないだろうか。恋人のあまのじゃくっぷりに呆れつつも審神者は黙りこくってしまった歌仙の顔を覗き込んで尋ねる。
「……もしかして、寂しかった?」
「ばかばかしいと思うかもしれないが、君が僕の目の届かないところに行ってしまうというのが不安だったんだ。……今、君がここにいて、心底安心する」
「……わたしだって寂しかったよ。だって歌仙、いってらっしゃいもおかえりも言ってくれないんだもん」
歌仙がやけに素っ気ない態度だったのはそういう訳だったのか。理由が分かってしまうとほっとして、審神者は歌仙の懐に飛び込み、思い切り抱きつく。そうすると存在を確かめられるかのように抱きつき返されて、むせてしまいそうなほどに苦しかったが、素直に話してくれた恋人が愛おしくて、優しく背中をさする。
ようやっと和解をしたところで、歌仙はくぐもった声でおかえり、と審神者の欲しがっていた言葉を耳元で囁き、甘えるように外耳をついばむ。
「あっ、もう……歌仙」
「すまない……帰ってきたばかりで疲れているね……。今日はよそう」
歌仙ははっとなったように審神者の体を引き剥がし、焦った様子で謝る。そうは言うものの、言葉と反して歌仙は審神者の腕で掴んで離さない。確かに審神者は旅疲れで一刻も早く寝たいぐらいの気持ちはあったが、恋人がこんなにも甘えてきているとなると話は別だ。体を許す合図のように自身の帯紐を解き、彼の下唇に触れるだけの口づけを落とす。
「いいよ。一週間ぶりだもんね」
「あるじ……」
飢えた獣のような吐息をもらしながら、歌仙は審神者の体を優しく押し倒し、先ほどよりも長い口づけを。舌先が絡むと体中にぞわぞわとした感触が流れ込む。さらに歯列をなぞられ、熱のこもった身をよじると、逃さないと言わんばかりにくびれを撫でられ、あっという間に呼吸は乱れた。
歌仙は審神者の体を労るかのように首筋から鎖骨、胸の谷間から腹部、恥丘まで丹念に舐めていく。時折痕をつけるようにちゅう、と吸いつく姿はいつ見てもどきどきと心臓を高鳴らせる。
痕を残す行為が好き……というよりは残さなければ気が済まない性質の歌仙は色んな箇所に痕を残す。今日は耳の裏とへその下。自分のものであるという主張のために痕を残されるのだが、その束縛が審神者にとってはふしぎと心地いい。痕を残したくなるほど彼が、自分のことを愛してくれているのだ。審神者はそう捉えている。
「……なにを笑っているんだい」
「んふふ、歌仙にはひみつ」
「まったく……そんなことを言う子には仕置きだよ」
すっかり意味をなしていない下着の上から爪先で秘部を触れるか触れないかぐらいの強さでなぞられる。じらしたその感触に思わず腰を浮かせると、歌仙は嬉しそうににんまりとほほ笑む。
「あっ、やだぁ…ちゃんと欲しい…」
「さあ、どうしようかなあ」
歌仙は審神者の片足を持ち上げて己の腰に引き寄せる。下着同士が密着して、もどかしい感触のままゆっくりと腰を打ちつけられる。近いようで遠い、ゆるゆると解かされるようなこすれ具合に審神者はひっ迫した顔で歌仙に訴えかける。
「あっ、あ、ん、かせんっ…これ、やだ……あ、んっ…!」
「は…っ、あぁ…これはこれで、悪くないね……」
緩慢な刺激なのに、審神者の体はますます火照っていく。焦れったい熱さに絆されていく。癖になってしまいそうな感触だが、やはり刺激が欲しい。彼そのものが欲しい。
早る気持ちを抑えきれず、歌仙の首に腕を回し、一気に体を近づける。下着越しにお互いのものがさらにこすれて、どちらのものとも分からぬ蜜のいやらしい音が静寂にぐちぐちと響く。
歌仙のものがさらに固くなったのを確認して、審神者は彼の顎に口づけを落とす。それからいたずらな笑みを浮かべて、恋人にねだる。
「ほら…かせんも、わたしが欲しいでしょ?」
「ああ……なによりも君が欲しい」
短い口づけを繰り返している間に歌仙は己の下着を解き、審神者の下着を右に少しだけずらして己を充てがう。先端だけを粘膜の音をたてて出し入れする。まるで生娘を慣らすようなわざとらしい行為が審神者の理性をさらに奪う。
「やだぁ、もっと、もっと奥に欲しいの…っ、」
「さっきのひみつを言えたら、奥に入れてあげようかな」
「んっ、ひあっ…! ……歌仙に、痕残されるのが、うれしく、て……あぁんっ…!」
狭い肉の壁をえぐるように歌仙のものがずっぷりと侵入していく。膣内のあまりの締めつけに、歌仙はすこし苦しそうにしながらも嬉しそうに顔を歪めて腰を激しく揺らす。
「ああ、かわいいあるじ…っ、君はずっとずっと僕のものだよっ…」
「うん、っ…わたしは歌仙のものだから、んんっ…わたしのこと、信じて、愛してっ…!」
言葉で愛を紡げば紡ぐほど、体の求め合いも激しくなる。気がつけば旅の疲れや一週間の気まずさなどは吹き飛んで、互いのすべてを貪り、夜はあっという間に更けていった――。
恋を慈しむ行為が終わって、歌仙の体に抱きついてぼうっと眠たくなっていた審神者ははっとお土産のことを思い出し、乱れた着衣のまま布団から飛び出し、文机の上に置いてあったきれいな包みをとる。
「歌仙にお土産買ってきたの」
「僕にお土産……」
歌仙は嬉しそうに顔を輝かせ、丁寧に包みを解いていく。包装の中から出てきたのは審神者が読書好きな歌仙のためを思って購入したしおりだ。灯りにあててきらきらと輝く金色のしおりをしばらく眺めた後、歌仙は甘えるように額と額を合わせる。
「ありがとう。大切にするよ」
「よかった…気に入ってくれて」
「だけど今度君が現世に行く時は、今回のように待っていられなさそうだ」
今回もちゃんと待っていられたかというと疑問が湧くところだが、やはり何百年生きた付喪神といえども恋人と離れ離れになる一週間は長い。今回は耐えられても、次も引き止めない保証はない。
連れていけと言わんばかりに審神者の眼を見つめる歌仙の眼力に負けて、審神者は後頭部をわしわしと撫でつける。
「でも現世に帰るってつまりは里帰りだからなあ…」
神様を恋人ですなんて言って連れて帰ったら両親はどんな顔をするだろうか。想像しただけで苦労が脳裏を埋め尽くす。しかしそんな審神者の気も知らずに歌仙は平然とした顔でさらっと言ってのける。
「君のご両親に挨拶できるのなら丁度いい機会じゃないか」
まるで結婚の申込みのような言葉をさらっと言われて、審神者は心臓が一瞬止まった気がした。
今まで結婚を意識したことがないといえば嘘になる。だが現実的ではないと思っていたので、決して歌仙の前では口に出さなかった。しかしそれが、当の本人によってあっという間に崩されたのだ。不意打ちの告白に審神者は涙を堪えながらとびきりはにかんでみせる。
「じゃあ、まずは人見知りを直さないとね」
「うっ。…………それぐらい、僕はすぐに克服してみせるよ」
「ふふ、次が楽しみだなあ」
今度の帰郷はいつになることやら。まだ見ぬ未来に思いを馳せて、歌仙と審神者は同じ夢を見る――。
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