クーラーなんて近代的なものがあるはずもない劣悪な環境下。今日も本丸は眩しい太陽に照らされている。
わたしはというとからだがのぼせてしまうのではないかというぐらい暑い自室、うちわで必死に仰ぎながら筆を進めていた。
お金の工面さえできれば自室にもクーラーがつけられるのだが、あいにくそんなお金はなく、みなが集まる居間にクーラーをつけるのがやっとの状態だ。
居間で仕事をできればよいのだが、大勢が集まるところではやはり集中できず、引き篭もらざるをえない。
からだにじんわりと浮かぶ汗を誤魔化すために必死で仰ぐが、そろそろ手も疲れてきて、すべてのことを投げ出したくなってきた。
「主、入るよ」
「はいはい。言われなくても仕事はしてますよ」
近侍の歌仙兼定はわたしの部屋に入るなり涼し気な顔を険しくさせる。きっとこの暑さが耐えられないのだろう。
こうやって歌仙は時折わたしの様子を見に部屋へやってくる。
おそらく、仕事を怠けていないかが理由の大半を占めるのだろうが、一応わたしが体調を崩していないかも確認しに来てくれている。
わたしの部屋はすこし外れに設けられており、倒れた時にはおそらく誰も気がつかないだろう。
熱中症で倒れる前にクーラー、せめて扇風機でも購入したいところだが、先程も述べたように残念ながらそんな余裕はない。
「仕事もよいけれど……主、ちょっと買い物に付き合ってくれないか?」
「買い物……また無駄遣い?」
「失礼な。無駄遣いなんかではないよ。ほら、支度をして」
仕事を中断して買い物に誘うなんてまったく歌仙らしくない言葉に一瞬耳をうたがう。ついに暑さで三半規管がやられてしまったのかと思ってしまった。
歌仙は買い物に行ってはよくわからない掛け軸や本、茶器などに目を輝かせて購入している。
それらの一体なにが雅で風流なのかはそれなりの付き合いでも未だによくわからない。しかし無駄遣い扱いすると叱られるので、本人なりに品物に対しての愛着はあるのだろう。
居間で待っているから準備して出てきてくれ、と歌仙は言い残してさっさと居間に戻ってしまう。
本当はあまり動きたくはないのだが、重たい腰をあげ、部屋着から外行きの簡単な和装に着替える。
じんわりと肌にはりつく布の感触が気持ち悪い。
和装のほうが圧迫感があって、夏はなるべく着たくはないのだが、洋装で隣を歩くと歌仙は言葉には出さないものの嫌そうな顔をするので、和装を身にまとうことしにしている。
帯を締めた部分がとても汗をかきそうでまったく雅ではないがそこは我慢するしかない。
支度を整えて居間に行くと、普段は自室に篭っている刀剣までクーラーという近代機器にひれ伏していて、心底羨ましいばかりだ。
わたしが集中力を乱さなければいいだけの話なのだが、短刀たちからの遊びの誘惑、耳元で聞こえる喧騒、そしてそれに巻き込まれる。とてもじゃないが耐えられない。
ちゃんと準備したわたしを見て、歌仙は満足気にほほ笑んでわたしの手を引く。
炎天下を、歌仙が差してくれる日傘でなんとか耐えながら、装飾品がが多めに揃えられている万屋にたどり着く。
暑さのせいか、店のなかにほとんど買い物客はおらず、ひとが密集した時に生まれる余計な暑さを感じなくて済んだ。
わたしはとくに購入したいものもなく、きれいな女性に似合いそうな、太陽にも似た輝きを放つ装飾品をぶらぶらと見て時間を潰す。
歌仙のほうを見てみると、えらく眉間にしわをよせて真剣な眼差しで髪留めを見ていた。
遠目に見てもわかるほどの細やかな花がら、品のある色彩のバレッタが色違いで並べられている。なるほど歌仙が好みそうなものである。
自分のためなのか、はたまたどこかのお嬢さんにあげるものなのかはわからないが、わざわざこんなにも暑い日に出向かなくてもよいのにと思ってしまう。口には出さないが。
「決まったー?」
「いいや。……右と左、どちらがいいかと思ってね」
右は薄い桃色がベースとなった花がらで、左は紫色が上品に使われた花がら。
歌仙は買い物に置いては案外悩む。一目惚れしたものは速攻でお買い上げしているが、どうも柄違い、色違いがあると悩むようだ。
となりでじっと歌仙の悩む顔を見ていると、歌仙もちらちらとわたしの顔を見てくる。黙視されているのが気になるのだろうか。
「主……主なら右と左どちらがいい」
「え、わたし? うーん、そうだなあ……」
まさか自分に振られると思わず、すっとんきょうな声で反応してしまう。
個人的には薄い桃色がかわいらしくて好きな色合いだ。歌仙が使うのなら紫色だと髪の毛と同系色で霞んでしまうだろう。誰が使うのかはしらないが。
少しだけ悩む素振りをした後、わたしは右のバレッタを指さす。
「こっちかな」
「わかった。こっちだね」
「えっ? そんなすぐ決めちゃうもんなの?!」
わたしが指をさしたバレッタを歌仙はさっさと会計してしまう。そんな簡単に決めてしまっていいのだろうか。
なにがあってもわたしは知らないぞと心の中で言い訳をしていると、歌仙は会計を終えて手にはバレッタの入った包みを持っている。
それから歌仙は買ったものに関してはなにも言わなかった。
わたしがみなにお土産の和菓子を買って帰ると、居間には暑さに耐え切れなかった刀剣がさらに増えていて、クーラーがついているのにも関わらず、空気がなんだか生温いものになっていた。
冷えた寒天のお菓子を居間のテーブルに広げると、やいのやいのと刀剣たちは群がり、冷たい菓子に癒やされている。
けれども歌仙はそれには手をつけず、わたしを手招きして別室へと連れて行かれた。
化粧台の前に座らされると、歌仙は汗で蒸れたわたしの髪の毛を櫛で梳きはじめる。
「ちょ、ちょっと、汗すごいから触らないで……」
「いいから。ほら、頭を動かさない」
逃げようとすると、頭をがっちりと抑えられ、椅子に大人しく座っているように圧力をかけられる。
落ち着かない気持ちのまま視線をきょろきょろとさせていると、歌仙の口元が鏡に映っていることに気がついた。
どういうわけか口角がやや上がっていて、なにを考えているのかまったく想像つかない。
髪の毛は器用にまとめられていく。後ろ髪がなくなっただけでずいぶん涼しくなるのだとわたしはここで初めて実感した。
いつも髪の毛を結わうことすら煩わしくておろしたままにしているのだけれど、存外涼しいのだと知って今まで過ごしてきた夏を後悔した。
目を伏せてじっと待っていると、頭の後ろでぱちんっ、と音がしたことに気がつく。
「できたよ」
歌仙は手鏡でわたしの後ろ髪を見せてくれる。そこに映っていたのは、買ったばかりの薄桃色のバレッタだった。
「は、なんで……これ歌仙さん自分で使うんじゃないの?」
「僕は自分のものは持っているよ」
「じゃ、じゃあ、どこかの女の子にあげるんじゃないの?」
「なんでそう思うかな……君ってひとは」
手鏡をおろし、歌仙はわたしの頭を雑に撫でる。せっかくまとめてもらったのに崩れてしまいそうな手つきが怖い。
わたしが後ろを振り向くと、歌仙は呆れたような顔をしていて、どう返答してよいかまったくわからなかった。
歌仙がわたしのものを買いに行くためにわたしを連れだして悩んだ挙句、わたしが選んだほうを買ってこうして贈り物をしてくれるなんて思いもしなかった。
「あっ、ありがとう……」
「どういたしまして。……変な顔をしているけれど、桃色はすきではなかったかい?」
「ううん、すき。すきだよ」
どうしても口角があがって、目尻が下がるのを抑えきれない。必死に掌で顔を隠しても、透けているような気がした。
歌仙がわたしのためにあそこまで色を悩んでいたという事実が嬉しくて仕方がない。
いつもはぞんざいに扱うくせに、すこしだけ優しいなんて。なんてずるいのだろう。
「そんなに笑って、どうしたんだい?」
「ん、いや……あの、歌仙さんがわたしにあげるものであんなに悩んでたんだなーって思って」
「君への贈り物なんだ。悩むに決っているだろう?」
恥ずかしげもなくすっぱりと言い切る歌仙の顔には、恥じらいの色などまるでない。さも当然のようにそう言い切る。
首元は涼しくなったのに、顔はどんな夏の日よりも暑く火照っていた。
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刀さに版深夜の審神者60分一本勝負 様 @saniwan60
歌仙兼定 君がため
2015.08.03
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