「君はどうして僕を最初に選ばなかったんだ」
歌仙兼定にそんなことを言われたのはわたしが審神者になってからもう幾年も経つ初秋のことだった。
仕事を手伝ってくれる近侍でもある歌仙はいつもより眉間にしわをよせて口をへの字に曲げている。
わたしの認識が間違いでなければ歌仙はこんなひねくれた発言をする性格ではないはずだ。
一体なにがあってこうも機嫌が悪いのかはわからないが、筆を止めて歌仙のほうに向き直り、両手をそっと包むように握る。
たしかにわたしは歌仙を五振りの中から選ぶことはしなかった。
選ばなかった理由などいざ聞かれても困ってしまうもので、低く唸って適当な理由を考えているとぱしんっ、と手が払われる。
じんわりと手に痛みが広がる。そんな大した痛みではないけれど、驚いてからだがびくりと震えてしまう。
「なんで急にそんなことを……」
「いまは僕が聞いているんだ」
問いかけのきっかけを話すつもりはないようだ。なにか面白くないことでもあったのだろうか。
らしくない問いをすることのほうがわたしはむしろ気になってしかたがないのだけれど、まずは問いに答えるために自分が審神者になった日のことを思い出す。
目の前には五振りの刀が用意されていた。
どちらも甲乙なんてとてもつけられないほど美しく、不思議な気配を放っていた。
悩んだ結果わたしは歌仙ではない別の一振りを選んだが、いまではその場にいたすべての刀剣がわたしの本丸には揃っている。
いままで他のどの刀剣にも、なぜ自分を最初に選ばなかったかなんて聞かれたことはなかった。
最初の一振りを選んだ理由すらも直感という言葉でしか片付かないもので、選ばなかった理由なんてものは考えたことすらなかった。
しいていうならばそれも直感で、選ばなかった理由なんてものは存在しない。
最初の頃のことを思い出しても歌仙の問いには答えられず、頭の中を整理していると歌仙は顔を歪ませてわたしの肩を掴む。
「ちょ、ちょっと痛いっ……」
肩を掴む歌仙の手を引き剥がそうとするが、戦に出ている男の腕力には到底適わない。
「早く答えてくれ! あるじ、なんで君は、僕を選んではくれなかったんだ……!」
「歌仙、どうしたの……理由を聞かせてよ」
いまにも泣いてしまいそうな弱々しい顔をした歌仙の頬を撫でると、歌仙は肩から手を外してわたしを抱き寄せる。
子どものように身勝手な理由で怒鳴られたことなどいままでになかった。
歌仙が怒る時はなにかしら理由があったし、わたしもその時は怒られてもしかたのないことをしたから怒られたのだと納得してきた。
頭をよしよしと撫でると、抱きしめられる力がつよくなる。ぎゅっと締めつけられて胸が苦しい。
たしかに歌仙はわたしが一番最初に選んだ刀剣ではないが、特別な存在だ。近侍でありながら、わたしの恋人でもある。
歌仙だって自分がだれよりもわたしにとって特別な存在であることはわかっているはずだ。
なのになぜ今更になって最初に選ばれた選ばれないの話になるのか。
そんなことにこだわる刀剣ではないとばかり思っていたから、あんなに目くじらをたてて怒る理由がいまもわからない。
「歌仙。ねえ、どうしたの? なんか面白くないことでもあった?」
わたしの大切な刀剣の機嫌を損なわせるろくでなしはいったいどこの輩だろうか。
同じ本丸の刀剣と揉めるとはまず考えられない。余所のだれかだと確定させてよいだろう。
そもそもわたしが一番最初に選んだ刀剣はそんなことを引き合いに出して歌仙を怒らすような性格はしていない。
歌仙はわたしに抱きついたまま、耳元でぽつりぽつりと話し始める。耳元がくすぐったくて敵わない。
「演練で会った向こうの審神者が言っていたんだ。……主の初めの刀剣に選ばれない僕が存在する意味、ましてや重用する意味はないと」
「…………は、」
つまり歌仙は演練で会った別の審神者に嫌味を言われたということだ。
一番最初に選ばれなかった他の四振りの存在意味がないだなんて考えたことなどなかった。そんなことを言われた歌仙の苦痛を考えると胸が痛くなる。
もちろん出会う順番によって関係性は変化するだろうが、そんなことを余所の審神者に言われる覚えはまるでない。
「……僕もいままで最初に選ばれなかった理由なんて考えたことはなかった。けれどその言葉を聞いて、ふとなぜ僕は君の最初の一振りに選ばれなかったのだろうと考えてしまってね……」
考えた結果かっとなって先の行動に出てしまったのだろう。
たしかに初めて出会った刀剣と途中に出会った刀剣とでは付き合いの長さに差ができてしまうのは事実だしそれはもうどうしようもない。
しかし初めに選ばれる五振りはほかの刀剣たちとは状況が異なる。わたしがだれを選ぶかによってその刀剣たちと出会う日や共に過ごす時間が左右される。
歌仙はきっとわたしが初めに選んだ刀剣ではなかったことを恥じたのだろう。そんなくだらない言葉に揺り動かされる必要などないのに。
怒りの原因ともなった出来事を言葉にしてすこし落ち着いたのか、歌仙はわたしの耳元から顔を離すと、いじけた顔のまま立ち上がろうとする。
「……柄にもなく八つ当たりをしてしまってすまない。頭を冷やしてくるよ……」
「待って、歌仙。わたしは……歌仙がわたしを選んで姿を現してくれたんだって思ってる。初めて歌仙に出会った時、わたしはすっごく嬉しかった。たしかに初めて選んだ刀剣と付き合いの長さは違うけれど、出会ってから今日まで歌仙と過ごした日々はなににも変えられないよ」
歌仙に初めて出会った時、嬉しいと思った気持ちと、本人には決して言わないが格好良くてきれいで華やかで、見とれてしまったのは本当のことだ。
わたしの言葉に機嫌をよくしたのか、歌仙は倒れこむように抱きついてきて、わたしはまんまと押し倒される。
からだを起き上がらせようとすると、歌仙がわたしの隣に寝転んで腰を押さえつけるのでまったく起き上がれない。
「歌仙、仕事がまだ……」
「今日は君とこうしていたい。……たまには僕のわがままに付き合ってくれてもいいだろう?」
いつもは仕事の時間に仕事をしていないとこっぴどく怒るくせに、自分が甘えたい時はわたしの仕事のじゃまをするなんて身勝手でいじらしいのだろう。
仕事をしなければいけないのに、たまには甘えさせてあげるのもいいかななんて傾いている自分がいて、ほとほと自分の甘さには呆れるのだった。
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@kas_sen_1h 歌さに版深夜の60分一本勝負
お題「出会ってから、今日まで」
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