白昼、短い秋の中に冬の気配がする。かじかむ指先を己のてのひらで暖めながら審神者はからだを丸めて文机に向かっている。夏の終わり頃から仕事で忙しなく動いていたのがようやく落ち着き、季節が移り変わっているのだと気がついたのは今日が久しぶりであった。
「主、お茶が入ったよ」
「ありがとう、歌仙」
ことん、と文机に湯のみが置かれる。そういえば出てくるお茶が冷たい麦茶でなくなったのはいつからだっただろうか。湯のみのぬくもりを指先で感じつつ、温かいお茶に口をつける。ほっと一息つくと、そんな情けない顔をお茶を運んできた歌仙兼定に斜め後ろから見られていたことに審神者は気がついた。いつもならば仕事に関しての小言のひとつやふたつ漏らしてさっさと行ってしまうはずなのに。どうしたものかと気にしていると歌仙は審神者の後ろにぴっとりとからだを近づける。
「あるじ」
「んー?」
呼ばれて後方を振り向くと、審神者の頬に歌仙の顔がぐっと近づき、短く唇が触れる。突然の柔らかい感触に審神者が戸惑っていると、続けて鼻先にも触れるだけの口づけを落とされる。
いまは白昼、もちろん皆が戦に出向いたり遠征に出掛けたりと仕事中である。審神者もその例に漏れず自分の仕事をしている真っ只中だ。歌仙もそのことはわかっているはずだ。これまでも仕事の時間、歌仙が必要以上に触れることはなかった。恋仲であっても公私混同はしない。仕事が終わればこうやって触れてきても文句は言わないのだが、流石に昼間からこうだと苦言を呈す必要があると感じる。審神者は咳払いをしながら歌仙の顔を見つめる。
「仕事中なんだから、だめ」
「いいじゃないか。たまには」
歌仙はこんな聞き分けのないことを言う性格ではないはずだ。どう対応すればよいのか困惑していると、歌仙は審神者を自分に座らせるように抱き寄せ、耳の後ろに顔をうずめられる。歌仙の温もりと鼻や唇の感触にぞわぞわと身の毛がよだつ。こうなってしまってはなにを言っても無駄なのかもしれない。審神者は諦めて湯のみを文机に置いて筆を握り、歌仙の行動を無視することに決めた。いくら恋人とはいえども、なんでも思い通りにするわけにはいかない。
しかし文字をしたためていると、まるでいたずらするように唇が審神者の耳介をついばむ。それから耳の縁を舌先でなぞられると、突然の濡れた感触に驚いて思わず文字が曲がる。声を漏らしては負けだと審神者は口元を手で抑えるが、それでもからだが無意識に震えてしまって、その反応に耳元で嬉しげな笑い声が聞こえる。
「どうしたんだい、あるじ」
「あっち行って! 変なことしたら怒るからね」
そう言った矢先から歌仙は後ろ髪をかき分けて首筋に唇を触れさせる。次々と口づけを落とされてからだに熱がこもり、審神者はもはや仕事にまったく集中できない。ただじっと耐えて、歌仙が諦めてくるのと待つばかりだ。だが歌仙は諦めるどころか審神者をさらに抱き寄せて首筋に歯をたてる。ちゅ、と短いリップ音とともに赤い痕が白い首筋に残る。心地のよい唇の感触を堪えていると、腰元の締め付けがな緩くなったことに気がつく。何が起きたのかと下に目をやると、袴の腰紐に歌仙の手がかかっていた。しゅる、と布の擦れる音にぎょっとして審神者は歌仙の手を押さえつける。しかし抵抗虚しく、手首を逆に掴み返され、黙っていろと言わんばかりに手の甲に唇が触れる。その隙に歌仙は器用にもう片方の手で腰紐を解き、あっさりと着物も脱がせていく。肩が顕になると、首筋から肩を撫でるように舌先でなぞる。
「もう、だめったらだめ!」
審神者が向き直って怒鳴っても、その顔が赤く染まっていればさして効果はないだろう。そんな主などお構いなしに、歌仙は額に口づけて審神者をきつく抱きとめる。
「少しは……僕と一緒にいる時間を増やしてくれてもいいんじゃないか」
むすっといじけたような顔の歌仙に審神者は首を傾げる。そういえば最近は仕事に追われていて、歌仙と語らう暇も愛を睦み合う暇もなかった。歌仙のことを蔑ろにしているつもりはないと言えば嘘になる。そんなことでいじけるような性格だとは考えもしなかったからすっかり放っていてしまっていたのだ。面白くない様子でうつむく歌仙に目を合わせようと審神者が下から顔を覗き込むと、頬から耳まで真っ赤だ。
「……夜まで待ってくれない?」
「嫌だ。今がいい」
審神者の鎖骨に顔をうずめてすっかり離れる気はないらしい。もう仕方ないなと審神者が歌仙を受け入れて髪の毛を梳くように撫でていると、歌仙も受け入れられたとわかったのか、鎖骨に口づけて胸を弄り始める。
「まっ、待って! お布団行こう?」
さすがに仕事をする部屋で情を交わすのは拙い。誰かが誤って入ってきた日には目も当てられないことになるだろう。
「……わかったよ」
水をさされた歌仙は少し不服そうにしながらも審神者を軽々と抱きかかえて立ち上がる。それからばちりと互いの目が合えば自然と唇が重なる。拒否をする必要もないので、審神者はただ深い口づけを受け入れる。潤った唇が離れると、歌仙は嬉しそうにほほ笑んで抱きしめる手に力を入れる。
「今日は離す気はないからね」
逃れられない。歌仙の笑みにそう確信した審神者は致し方なく首を手を回すしかなかった。
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