id="container">

 縁側に腰かけて彼の姿をじっと見つめる。様々な彩りのなかで立ちすくむ彼の姿が好きだった。
 いつも戦場に赴く装いのまま、やさしい指先で花々の世話をしているその様子はとても刀の付喪神とは思えない。
 繊細で優しい、戰場では決して見せないその表情、刀である彼はいつ覚えたのだろうか。
 とろけるような笑みを浮かべて花を愛でる彼が好きであると同時に、自分の胸もちりちりと痛んでしまう。
 わたしにはあまり見せてはくれない緩んだ笑みが、花々にはいつも向けられているのがどうしようもなく羨ましい。
 花に嫉妬するだなんてばかなことをと他人は嗤うかもしれないが、万物に付喪神は宿るとも言われている。花に神が宿っていてもおかしな話ではない。
 言葉を発することはできなくとも、自身への愛情を享受することはできるかもしれない。
 ずるいだなんて、花に向けて思うわたしは愚かだ。彼の旧主のことを呆れられないではないか。
 花は好きだ。普段あまり見られれない彼の一面を見ることができるから。花々と戯れる彼が美しいから。
 花はずるい。彼の嬉しそうな表情を一身に受け止めることが許されているから。わたしよりも愛されているような気がするから。
 本人には恥ずかしくてこんなことは言えないので、胸の底でじりじりとしたもどかしい感情を溜め込むしかできない。
 花茎を切り、花がらを摘み取り、水をやり終えると、彼はわたしがいたことに気がついたようで、手で汗を拭ってこちらに近づいてきた。
 自分がいまどれだけくだらないことを考えていたか読み取られないように、なにも考えていないような素振りで手を振る。
 彼はわたしの隣に腰掛け、先ほど手折った桃の枝を手渡される。たっぷりと実った桃の花を鼻先に近づけると、控えめな香りが鼻にすっと通り抜けた。
 彼の愛を一身に受けたこの小さな生命が羨ましい。じっと桃の花を見つめていると、彼は表情を伺うように下から覗き込んでくる。
 すこし困ったような、先ほどとはちがう笑みにまた、胸がずきずきと痛む。
「桃の花はきらいだったかな」
「ううん、ちがう」
 花はきらいではない。悪いのは自分、悪いのはこの独占欲のつよいわがままな心根。
「ではどうしてそんな顔を?」
 そう彼に指摘されてはっと顔をあげる。一体わたしはどんな顔をしてこの花を眺めていたのか。
 自分がどんな表情をしていたかわからない。なにも考えていないような素振りをしていたはずなのにそう指摘されては理由を考えざるをえない。
 しかしいくら考えても理由は出てこず、ますます表情が強張ってしまっている気がする。
「……わかんない。自分がどんな表情してるかなんて」
 くだらない嫉妬を彼にひけらかして愛想を尽かせたくはない。
「いまの君はなにかに苛んでいるように見えてね。なんでもないなら別にいいんだ」
 彼は優しい。厳しく叱られることもあるが、なんだかんだ言いつつ結局いつも優しい。
 いまだってこうやってくだらない理由でへそを捻じ曲げているわたしの頭を撫で、傍らにいてくれる。
 嫉妬なんて、それもひとではなく花にだなんて情けない。こんなにも優しくしてくれるのに、わたしは一体これ以上彼になにを望んでしまっているのか。
 それにわたしと彼は恋仲でもなんでもない。ただの使役するものとされるもの。これ以上彼を望むだなんて罰が当たりそうだ。
 でも、罰が当たってもいいとすら思う。花を愛でるように、その優しい指先でわたしに触れてほしい。そう願うことの愚かさといったら。
 ただじっと自分が大切に育てた花壇を眺めている彼との空気を埋めるために、質問を返す。
「歌仙って、花の世話をしている時になにを考えているの」
 花のことを考えているに決まっているのだろうけれど。すこし意地の悪い質問をしてしまった自分が嫌になる。
 彼は文化人であった旧主の特徴をよく受け継いでいる。花を愛でることも、至ってふつうのこと。質問自体が愚問だったかもしれない。
 わたしの言葉に彼はおどろき、それから優しい笑みを浮かべて目を細める。
 それから桃の枝を持つわたしの手に彼は己の手を重ねた。とても戰場に立つひととは思えないほどに優しく、なめらかな指先。
「そうだね……愛しい者のことかな。触れられない時や側にいられない時は花の世話をして気を紛らわせるんだ」
 彼の頬がじんわりと赤らむ。なんて嬉しそうな、穏やかな笑みだろうか。
 ああなんだ。彼にも恋い慕うひとがいたのか。ほんとうに愚かな問いだった。
 ますます心が陰る。花を羨んでいる場合ではなかった。喜びに満ちた彼から目をそらし、桃の枝を折れてしまいそうなほどつよく握りしめる。
「そう……」
「いつもこうやって近くで寄り添えるとは限らないからね」
 そう言って彼はわたしの肩を抱き、指をそっと顎に添えて、いつも花に向けているとろけるような笑みをわたしに向ける。
 つまり、どういうことなのか。こうやって、とわたしとの距離を近づけてどういうつもりなのか。
 まったく理解が追いつかずに呆然としていると、彼はすぐに困った表情をして肩を抱く力を緩めてしまう。
「君、僕の言っていることがわかるかい? 君のために言葉を噛み砕いたのだが」
「やっ、まって……ちょっと整理する……」
「待たないよ」
 ほんのすこし怒ったような声音で彼はそう言うと、外套で包むようにわたしを抱き寄せて身動きを封じてしまう。
 すぐ近くにある彼の笑みにいてもたってもいられず、彼の体を押し返そうと胸板を押すが、びくともしない。
 手に握っていた桃の枝で彼の顔との距離をとるものの、あっさりと奪われてしまい、額と額がこつんとぶつかる。
 それから先ほどまで花を愛でていた指先で、彼はわたしの顔を包み込んで耳元で呟く。
「桃の花言葉を知っているかい」
 続きの言葉を彼は囁いたが、つう、と頬を撫でる彼の指先の感触に頭がいっぱいで、とても覚えてなどいられなかった。

PAGE TOP